第27話 理由なんて必要ない
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力と時間は、共にある。
同時に存在し、同時に消滅する。
だから、今を大切に生きろ。
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ハッ……と俺は目覚めた。バジリスクはどうなった? ティナは無事か? それよりも……ここはどこだ?
背中の傷はあるものの、丁寧に包帯が巻かれている。ティナがやってくれたのか。
ベッドで寝ていたため、傷が痛まないように起き上がって辺りを見渡すと、どこかの部屋の中ということが分かった。壁もボロボロで、窓も無い。風通しはいいが、同時に虫も湧いている。
ここはどこかの、空き家か。
「俺が助けたんだ」
どこからか、男の人の声が聞こえた。しかし、どこかで聞いたことがある声だとすぐに分かった。少しすると扉が開き、その男が立っているのが見えた。
「ジェスか」
そう、俺のことを助けてくれたのは……ノーマッドのメンバーのジェスだった。彼は肌が黒い訳でも病気で髪がない訳でも、目が違う色をしている訳でもない。言い方は悪いが、俺たちと同じだ。強いて言うなら髪が若干青いくらいだが、そんなもん珍しくはない。
俺がアジトを訪れた時も、何も言わずに黙っている者が1人だけいた。それが、ジェス。
高身長である彼は、身をかがめながら扉から入ってきた。手には包帯と小さなリンゴを2つ。
「栄養付けろよ、フォルス……お前は3日ぐらい寝てたんだからな」
そう言うと、彼はリンゴを1つ俺の手の上に置いた。食べていいのか。背中を痛ませないような姿勢に変え、ゆっくりとかぶりつく。
そうか、俺は3日も寝てたんだな。それはティナに申し訳ないことをした……そういや、ティナはどこだ?
「お前の彼女か、それなら1階にいる。安心しろ、彼女も休ませた。後で連れて来るから待ってな」
彼はベッドの横にある椅子に腰掛け、もう1個のリンゴを食べ始めた。
「あ、メンバーにはこのことは言ってない。彼らは今、気持ちが昂っていてね。いつかは伝えるけど、今はやめた方がいい」
これもジェスの独断でやっていた行動なのか、ありがたいが……メンバーが今どうなってるかだけ知りたい。
「どうせ後で会うから大丈夫だ、それよりその傷はどうした? 彼女に聞いても『喋るモンスターに……』としか言わない。喋るモンスターなんて聞いたことないぞ」
そうだよな、そうなんだよ。
俺も知らないんだ、バジリスクというモンスターがいるのは知っていても。それが喋るとかは聞いたことがない。同じゴブリンでも特殊な個体が存在するように、バジリスクの中でも特殊な個体なのか?
とりあえず、ジェスには言っておこう……と、バジリスクに会ったことと、バジリスクが発した内容を彼に全て話した。
「不思議なもんだ、『王に知らせる』って何だろうな……まぁ、そんなこと気にしないで、今は休め。俺はあいつらに聞いてみる」
彼はリンゴの芯を窓から投げ捨て、部屋から出ようとした。
「待って」
俺は彼を呼び止めた。
「何で俺を助けたんだ? 何で俺にあの時、何も言わなかったんだ?」
疑問に思っていたことを、全て彼に問う。俺を助けた理由と、俺に何も言わなかった理由。それだけは気になる。
「助けるのに、理由なんて必要ない。俺は困っている人がいたら助ける。俺は優しいからな」
「俺は優しい」と自分で言うのか……それでも、優しいことに変わりはない。困っている人がいたら助ける、その信念は尊敬に値する。何も言わなかったことに対しての理由は分からなかったが、彼が優しい人物だと分かっただけでも収穫だ。
まぁ、皆優しいんだけどな。ノーマッドのメンバーも。誤解さえ無くなれば……。
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あれから数日が経った。
新聞では未だにノーマッドと俺を叩く記事が載せられている。と言っても、新聞の隅の記事だから、皆の関心は薄れつつあるんだろう。
で、ジェスと出会ってから、また彼らに会いたくなった。というか、誤解を解きたいんだ。
ジェスが用意してくれた空き家から、ノーマッドのアジトまでそこまで距離は無かった。「二度と来るな」と言われたが、俺のワガママだ、許してほしい。
デリーシャ時代から使っていた剣を背中に差したまま、俺はアジトに向かった。ティナは空き家に残した。「まだ歩かない方がいい」と言われたが、一刻も早く誤解を解かなきゃいけないし、それに……いや。
コンコン……と、アジトの扉を叩いた。
扉の建て付けが悪く今にも倒れそうだったため、声を出して彼らを呼んでみた。
最初は何の応答もなかったが、ずっと居座り続けた結果、タイガが顔を真っ赤にさせながら現れた。もの凄い剣幕だ、まだ怒っているんだろうな。
「すみませんでした」
俺は深々と頭を下げた。これで許しを得ようとは思ってもない。後できちんと説明するが、まずは謝罪からだ。
「顔を上げろよ」と声が聞こえたので、その通りに顔を上げると、タイガに顔面を強く殴られた。油断していたため、後ろに倒れてしまい、背中の傷がまた開きそうになった。
「悪ぃな。気が動転した」
タイガは地面に倒れた俺に手を差し伸べ、あることに対しての説明を始めた。
「ジェスから説明された。いや、お前の彼女が全て教えてくれた。デリーシャから何故か追放されて、理由を知りたきゃシャリアを立て直せと村長に命令された……ってな」
ん? そのことは、俺と村長しか知らないはずだ。もしかして、俺がティナから正式に依頼を受けた時の会話が、ティナに漏れていたのか。別にそれはいいのだが。
「それでお前は真剣にシャリアを立て直そうとした。ノーマッドに改名し、皆で仮面を被ってな。肌も見えないようにローブを羽織って、手袋もして。でもそれはな、いつかは気付かれるんだ。現に……今」
あぁ、そのことを当時の俺は考えられなかった。目の前にある目標、シャリアを立て直すことだけに集中し過ぎて、結果から考えられる新たな問題を考えられる時間が無かった。
「提案を断ろうとは思ったが、お前は俺たちの恩人だ。命を救ってくれた、人間だ。だから言う通りにした。それで有名になれたのも束の間、今だ」
もう少し時間をかけて、別の対策を考えればよかったな。今悔やんでも遅いが。
「別の国に逃げても、結果は同じだ。奴隷にはならないが、存在は抹消される。人間として扱ってくれる人はいない。なら、どうするべきだと思う?」
別の国に逃げず、この国で生活するのか。世間にバレてしまった以上、その案は無謀だ。過去に無謀な案を通した俺が言えることじゃないが。
「答えは……これから探す。全員が俺たちのことを迫害している訳じゃない。優しい人を探すんだ。ジェスみたいにな」
ジェスはここには居ないが、ジェスのことを話すタイガは笑っている。ジェスも過去にタイガに優しいことをしたのか。
「言っとくが、ジェスだけはストーズ出身じゃない。俺たちの上に立つ存在になれたのに、俺たちと共に歩む道を選んだ。俺たちがセントリーに来た時、あいつはゴブリンに殴られていた。必死であいつを守ったよ、見ず知らずの人だが。そしたら……あいつは俺たちのことを慕うようになった。肌の色を見ても変わらずにな」
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