第26話 バジリスク

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 何とか遠回りをして、ポリスタットの郊外にある、ノーマッドのアジトに辿り着いた。もう日はとっくに暮れた。ティナが途中で歩けなくなったので、彼女を背負って進んだ。無理もない、休憩する場所がないから。とにかく早めに拠点に辿り着かなきゃいけないのだ。


 いつもの空き家の扉を叩いた。

 扉の前で彼らと戦ったな。懐かしい。


「フォルス……だ、居るなら開けてくれ」


 大きな声でそう言うと、中から物音が聞こえた。よかった、まだ中にいたのか。


 少し待っていると、扉が開いた。そこから出てきたのは、恐ろしい剣幕をしたタイガだった。タイガは何の説明もせず、外にいる俺に向かって拳を振るい始めた。


「ふざけんなよ」


 彼は怒りながらも、冷静に俺のことを殴り続ける。俺も最初は避けたり防いだりと抵抗していたが、歩き疲れたのもあって何もできなくなっていた。彼は何の抵抗もしない俺に対して、馬乗りになって何度も顔面を殴り続けた。


「タイガ……お前やめろって!」


 中から他のメンバーも出てきた。懐かしいメンバーだ、本当に久しぶりに会ったな。

 しかし彼らはタイガの暴力を止めるだけで、殴られた俺のことを心配しなかった。それどころか次々に捨て台詞を吐いていく。


「ストーズ出身の俺たちを悪く言わなかったから最初は信用してた。今は? 聞くなよ」


「追放された人間が悪いとは言わねぇ。でもな、お前の行動は妙だ。非公式パーティーなんていくらでもあっただろう」


「もう頼むから……ストーズ出身の俺たちに関わらないでくれ」


「デリーシャで何をしたんだ? 何かをやらかしたんだから、追放されたんだろう?」


 捨て台詞というよりかは、今までの俺の行動を怪しむような声が多い。それと”ストーズ出身”を強調する人も多い。散々悪く書かれた新聞を見たんだろう、既に顔も死んだように青白い。


 いいや、俺は……真の目的をまだ言っていなかったな。俺は……デリ----


「二度と来るな。信頼していたが、もうどうでもよくなった。女を大切にして、世界から逃げればいい。そうだな、お前をノーマッドから追放する」


 タイガはそう言うと、ガンッ……と扉を強く閉めた。何で……って、別に何が……もう意味が分からない。どうしたらいいんだ、俺はどうすればよかったんだ。どこから間違えたんだ。いつから……デリーシャを追放された時からか。


「マイト、痛くない? 血が出てるよ……」


 俺の心配をしてくれるのは、今のところティナのみ。彼女は口から出た血を布で拭い、腕の傷を包帯代わりの布で巻いてくれた。

 しかし彼女も何かを思っているんだろう。彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「大丈夫、休める場所を探そう」


 俺は彼女にそう言いつつ、ゆっくりと立ち上がった。空き家が多い郊外、虫が湧いてなければどこかしらで体を休めることができるだろう。最悪、草原の上でもいい。


 それにしても、ひとつだけ疑問に思っていることがある。

 ノーマッドのメンバーが次々に俺に疑問を投げかける中、1人だけ何も言わずに黙っている者がいた。他の5人が俺を責める中、1人だけ。不思議だ、彼に話を聞いてみたいが……もう会えなさそうだ。


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 結局、空き家には虫が湧いていたため、近くの草原で夜を明かすことにした。これだけ開けた土地なら、モンスターが現れても逃げることができる。最悪、俺が盾になるんだって。


 ティナには何の罪も無いのに、こんなことに付き合わせてしまっている。本当に申し訳ない、ごめん。


「旅の時みたいだね、大丈夫」


 彼女は呑気に捉えようとしていた。でも、彼女も辛いはずだ。罪を犯した訳じゃないのに、新聞会からは追われ、皆が俺やノーマッドのことを目の敵にしている状況に。


 ちょうど川も近い。あの旅の時にも、川の近くでリザードが現れて、首を絞めて討伐したな。懐かしい。


「あの時は本当にありがとう。助かったし、今に繋がってるし、あれで……」


 彼女は何か言いたげな様子だったが、深くは聞かなかった。今はゆっくり休もう。川を背にして支度を始めたその時。ティナの悲鳴が聞こえた。


「マイト、後ろ!」


 彼女の叫び声と共に、何者かに背中を斬られた。剣かどうかも分からず、痛みだけが全身を駆け巡った。誰だよ、まさか----


 いや、モンスターだ。鋭い爪を持ったモンスターが、俺の背中をスパッと斬ったのだ。黒いローブは真っ二つに破れ、地面に落ちた。それで俺の顔も丸見えになったのだが、それを気にするよりも早く、背中から血が漏れ出た。斜めに斬られたんだ、血が滴る感触が伝わってくる。


「マイト……」


 彼女も慌てつつ俺のことを心配した。しかし包帯のような応急に処置のできる道具を持っていない。彼女は自身のスカートを破り、背中から流れ出る血を止めようと、必死に手当てをした。


 が、残念ながら布も足りない。血は溢れ出るばかりだ。


 目の前にいるモンスターは、暗くてよく見えないが……多分バジリスクだ。鋭い爪を持ち、人型の黒い体をしている上級モンスター。目撃情報しかなく、討伐した者は記録されていない。そのバジリスクが、どうしてここに……?


 バジリスクは、息を切らし座り込みながらも剣を構えた俺に対して、何かを発した。


「ちからを、もっているな」


 モンスターが、喋った?


 初めての経験だ。モンスターが……俺の目の前で喋った。どういうことだ、人語を喋るモンスターなんて見たことも聞いたこともない。


 巨人程ではないが、俺よりも巨大な体を持つバジリスク。確かに人と同じような見た目をしているが、目は白く体は真っ黒で、口もあるが鋭い牙が生えていて発音には向いていない形状。


 というか、そもそもの話。モンスターは話せるのか? モンスターの討伐ばかりで、弱点とか習性とかしか知らない。モンスターの研究がどこまで進んでいるか分からないが、俺が知らない間に喋れるモンスターも出現したのか。


 それとも、目の前のバジリスクのみが、喋れるモンスターなのだろうか。


「まぁ……おうにしらせなければ」


 またバジリスクは何かを発した。それを聞き取る前に……背中の傷の痛みに負けた俺は……気絶した。ティナを守れるのは俺しかいないのに、彼女をひとりぼっちにして、気絶した。


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