境界
今回の使用単語
「くわしい。まちあい。すする」
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田舎の駅にはなかなか電車が来ない。都会であれば一本逃したところで、どれだけいってもかすり傷。大抵は痛くも痒くもないだろう。しかし、田舎だと話が違う。まず、遅刻確定。酷い場合、その日の集まりに参加することすら絶望的になる。日常生活の拠点がこの場でなくて本当に良かったと思う。
俺は旅にこの場所を選んだ。理由や動機はない。路線図を開いて目を瞑って指をさした地がここだった。名前も知らなかった縁もゆかりも無い片田舎の駅。周辺には特に名所といったような場所もなく、一日使えば巡りきることができた。小さな宿屋で夜を明かして次の日、再び駅にやってきた。改めて見た木造の駅舎は、良く言えば味を出していて悪く言えばぼろくていつ崩落してもおかしくない。
白い看板の汚れくらいにしか数字が書かれていない時刻表を眺める。次の電車まで六時間以上時間がある。何をしようか。思案していると待合室の隣に立ち食いそば屋を見つけた。昨日気付かなかったのは逆側のホームだったからだろう。こんな小さな駅にもあるものなんだな。
「どうも」
声をかけ店内に入る。駅の中なので駅舎同様に年季が入っていて、踏み入れた床板がギシギシ音を立てた。年老いた店主が振り返る。「いらっしゃい、見慣れない顔だな」客自体に驚いている素振りは見せないから、ある程度やってはいけているらしい。
「かけそば一つ」
「あいよ」
俺が言う前に蕎麦を茹で出汁を温めていて、その他に何もなさそうなところを見るに、メニューはそれ一つなんだろう。待つ程の時間も与えず器が目の前に提供された。
「いただきます」
割り箸を割りそばをすする。細い麺に鰹出汁が絡んでいて美味い。豊かな香りも鼻を抜けていき、特別なところはなくてもシンプルだからこその良さが際立っている。
「兄ちゃん、菜の花畑には行ったか?」
「菜の花畑ですか?」
「ああ。ここからちょいと奥まったところにあるもんだからあまり知られてないんだが、それはまあ綺麗なところなんだ」
「へぇ……」
一通り見て回ったと思っていたのにそんな名所があったのか。危うく見逃すところだった。
「詳しいんですね」
「当たり前だろ、何年ここに居ると思ってる。行ってないなら今からでも行ってみるといい。どうせ、電車はまだまだ来ないからな」
「そうしてみます」
出汁まできれいに飲み干すと「ご馳走様でした」と手を合わせ、代金を机に置いて店を後にした。
旅を再び始めるとしよう。
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秋田県湯沢市付近だそうです。
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