こだま

 ハイキングをするにあたって、一番大切なことは靴選びだと思う。足を使うのだから当然と言えば当然だが、履き慣れた靴が推奨される為にそこへのこだわりは結構疎かになりがちだ。

 しかし、俺は違う。ハイキングの計画が出た当初からスポーツ用品専門店へ赴きわざわざ新しい靴を購入していた。しかも、既製品ではなくオーダーメイド。中敷きにまでこだわりを見せた。これで俺は疲れ知らずでハイキングを楽しむことができる。


 そうして迎えた当日。俺以外は皆可もなく不可もない装備だが、全員楽しみだと胸を躍らせているのが表情や仕草から見て分かる。俺も負けてはいられない。

 天気は快晴、風がそよそよと吹き木々を揺らすさざめきも心地良い絶好のハイキング日和。登山ルートの目印を辿ってどんどん山の中へ足を進めていく。多少の険しい道ならこの靴にとってはアスファルト舗装された道を歩いているのと同じだ。さくさくと登っていける、さすがはオーダーメイドのトレッキングシューズ。気付けば俺が先頭になっていた。

 山の天候は変わりやすいと聞く。その通りで途端に霧が濃く立ち込めてきた。視界が悪くなり、皆が俺を見失ってはいけないと足を止め振り返った。


「……あれ?」


 まだ何も見えないという程の霧の濃さでもないのに、誰一人の姿も見えない。さすがに先を進み過ぎてしまったかと、しばらくその場に留まり続けた。しかし、待てど暮らせど誰も姿を表さなかった。


「皆、聞こえているなら返事をしてくれ」


 …………。

 誰の声も返ってこず、僅かに反響した俺の声だけが耳に届いてきた。ひやりと背筋が凍る。模倣された俺の声がこんなにも恐ろしく感じたのは初めてだ。

 まさか、あんな壮絶な遭難体験をすることになるとは思ってもみなかった。




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今回の使用単語

「なかじき。そよそよ。そうぜつ」

大分県別府市付近だそうです。

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