ぽつり
八月一日、夏祭り。地元の神社にウチは彼氏と一緒に来ていた。彼は待ち合わせ場所で合流してすぐにいつもとは違う髪型に気付いてくれて、この日の為に用意した浴衣も褒めてくれた。それだけで嬉しくて、無意識に彼の腕を引いて先導する形になっていた。
浴衣と草履でただでさえ歩きにくいのに、思うように身動きのとれない人混み。はぐれそうになる度にぎゅっと彼の手を握る。振り返ると彼の柔らかい笑顔と、夕陽が沈んでいきだんだん暗くなっていく空が見えた。このわくわくと胸が躍るお祭り独特の空気感が大好き。どの屋台に行こうかな。年上の彼はウチに好きなだけ楽しんでいいと言ってくれたから、ここはお言葉に甘えて遊び倒して食い倒れよう! クライマックスの花火まではまだまだ時間もあるし。
「見つけたで、兄ちゃん」
ざわざわとする人混みに掻き消されることなくガサガサのその声が聞こえてきた。ウチを含めた周りにいた人全員がその場で足を止める。声がした先に目を向けると、ズボンのポケットに手を突っ込んだガラの悪い男の人が二人。彼の方を見ているらしい。彼の顔から笑みが消えていく。
「だ、誰? 知り合い?」
ウチの問いかけに彼は答えなかった。
「カネ、振り込むの忘れとんやないですか?」
「…………」
「お金? ねえ、どういうこと?」
やっぱり返答はない。けど、握っていた手が冷たくなっていって震えているのが分かった。
「こんなとこで遊んでる暇あったら、はよ振り込めや!」
二人組の一人がドスの効いた声をあげると、周りにいた人たちは屋台の店主も含め一斉にあちこちへ逃げていきウチと彼と二人組だけが残された。
怖い。なんで? なんでこんなことに……。
「……ごめん」
そう言って彼はウチを置いて走り去ってしまった。二人組も「待てやゴラ!」と叫んで後を追っていく。ウチだけが取り残された。途端に雲行きが怪しくなってくるし、今までなんともなかったのに足が急に痛みだした。
楽しいお祭りのはずがなんで、なんで……。
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今回の使用単語
「ゆかた。ふりこむ。こめや」
愛知県祖父江町付近だそうです。
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