泡沫の夢

「またね」


 神社の裏の溜め池の前に立ち、振り返った先の誰もいない空間に呟いた。これは「さようなら」じゃない。また逢う為の儀式。私以外の誰かとしてあなたに巡り逢う為の通過儀礼。

 だから、私は何も終わらせようとなんてしてない。すごく前向きだしこの先の希望を見据えてる。だけど、きっと分かってもらえないんだろうな。

 水底で息をすることを辞めた私が見つかれば、みんな慌てて騒ぎだして事件か事故かそういうことを考えだす。抵抗した跡がなかったり身体中が無傷であると分かれば、十中八九自殺だと断定される。そうやって少しずつ真実に迫っていく。

 そうなると、次は私が自殺に至った経緯について考え出す。学校でいじめがなかったか、家庭環境に問題はなかったか、何か悩んでいたり思い詰めていたりしていなかったか。私に関わったあらゆる人に問いただしていくんだろう。その先のどこにも真実はないのに、原因究明とか見えない部分を暴くことに夢中になる。学校でいじめられてひとりぼっちでいるくらいで私は自ら死を選んだりしない。それでもそれらしい真実は勝手に紡がれていく。

 死はもれなく悲観的に捉えられる。『いじめを苦に自殺』なんて見出しで私のことが地方新聞の片隅に書かれたりするのかな。私に関わった人たちだけでなく知らない人も多かれ少なかれ胸を痛めたりするのかな。たとえ本当にそうだったとしても、生きてるうちには一切誰もなんとかしようとなんてしなかったくせに。

 人は何か起こった後にしか事の重大さには気付けない。そんなことは分かりきってるから何も文句は言わないけど、憐れむことだけはやめてほしいな。何度だって言う、私は何も終わらせようとなんてしてない。ただ、こうする以外にはどうすることもできないことがあるだけ。


 ……お兄ちゃん。お兄ちゃんとの縁を切っても、私たちはまた逢える……よね……?




____________________

今回の使用単語

「すいてい。むちゅう。むきず」

群馬県中之条町付近だそうです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る