入れ替わる はじめましての 一言目

 教室棟から渡り廊下を駆け足で通り抜け、部室棟に足音を響かせる。三階の一番奥の部屋の扉を開け、元気良く挨拶をした。放課後のこの時間の為に、私は学校に来ていると言っても過言ではないと思う。

 部活の時間。文章なんて国語の授業で無理矢理書かされたくらいの経験しかなかった私が文芸部に入った理由、それは入試の日まで遡る。


「シャーペン、落としましたよ」


 隣の席にいた子の落としたシャーペンが私の席の近くまで転がってきた。それを拾って返してあげようと顔を見た瞬間、清楚な文学少女みたいな彼女に一目惚れしてしまったから。あの子のようになりたくて、形から入ることにしたのだ。

 入学と同時にずっと明るかった髪は黒染めして制服だってきっちり着てスカートも膝下丈と、徹底して優等生に見える身なりに整えた。あの子に近付きたくて思い切って高校デビュー。華やかになることだけが高校デビューじゃない。大人しくなることだって、今までの自分から変わることならどんな形でも高校デビューだ。

 あの子に近付ける、それだけで胸が躍って仕方がない。だけど、部屋の中には誰もいなかった。早く来すぎたらしい、他のクラスはまだ終学活も終わってないみたい。

 黒板に『今日のテーマ 文房具で一句』と書かれている。この日が初日でまだ先輩に挨拶もしていないのに活動を始めちゃってもいいのかと疑問に感じながら、席についてノートを広げシャーペンを手に取った。……一句って何? 俳句書くの? 文芸部って小説書く部活じゃなかったの?

 どちらにせよ何も頭に浮かばず、せっかくのストレートヘアをくしゃくしゃと搔いていると、扉が開く音がした。私は反射的に立ち上がりそちらを向いた。来たのはあの子か先輩かどっち? 握っていたシャーペンが床に落ちて転がっていく。


「シャーペン、落としましたよ」


 あの子ではない。脱色したウェーブヘア、着崩した制服と当然のように膝上十五センチのスカート。数ヶ月前の私そっくり。

 きっと先輩だろうと微妙な挨拶をしようとした私を遮り彼女がそう告げる。近くまで転がっていっていたシャーペンに視線を落とした。そして、しゃがんでそれを拾って私に手渡してくれる。


「これ、私も同じの持ってるんですよ。ほら」


 そう言って彼女は鞄から同じシャーペンを取り出し「この猫ちゃん、可愛いですよね」と微笑んだ。

 どきっ。あれ? この顔……。思い返す、入試の日。拾ったシャーペンが私のと同じで、運命だなんて思ったなぁ。

 この人、もしかして……。




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今回の使用単語

「ぶんぼうぐ。ぶかつ。いっく」

滋賀県近江八幡市付近だそうです。

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