ビッグバン
『O月X日、△△ビルを爆破する』
端的で分かりやすい犯行予告が数日前届いた。こういう類いのヤツは十中八九イタズラに終わるものだが、残り一二が小数点の遥か右側であっても存在している限り、俺たちは動かなくてはならない。
聞いたことのある人も多いのではなかろうか。大学で爆破予告が出されてその日一日休講になったというような話を。残り一二に大勢の人が動かされる。現実味を帯びない危機感に大抵は「休みになってラッキー」とでも思うに留まるとしても。俺だってかつてはそうだった。なんでまた予告日の前夜に現場となるかもしれないこの場所に足を運ばなければならないんだ。……そんなこと、冗談でも考えるな。
そこはいくつかのテナントが入ったビルで、既に全てが営業を終了していて、人の気配どころか非常灯以外の明かりの一つすらない。懐中電灯を片手に巡回し、建物の構造を把握しながら異常なしと分かると階段で上の階へ上がっていく。二階、異常なし。三階、異常なし。四階、異常なし。
隈無く見回したところで最上階に辿り着いた。目の前にある少し錆びついた鉄製の扉を開けば外へ出られるらしい。そこが最終チェックポイントだ。
「え」
扉を開いた先には所謂百万ドルの夜景と呼ばれる類の光の粒が見え、それを背景に一人の男が佇んでいた。温度を感じさせないビル風が強く吹き、背筋が凍る。
「なんで予告前日に現場にいるんだ」
男はあっけらかんとして俺に向かってそう言った。つまり、こいつが犯人。だが、それ以前に――。
「それはこっちのセリフ」
全く同じ言葉を頭に浮かべていたことにどうしようもなさを感じる。仕方がない、目の前の男を構成する基本要素は俺と寸分違わず同じだから。
「予行練習」
「それもこっちのセリフ」
ある地点までは一時も離れることのないくらい一緒にいた俺の生き写し――奴は俺の双子の弟。
「お前、どうしてこんなこと……」
「分からないのか? そんなはずないよな、俺もお前も爆弾魔にたった一人の妹を殺されたんだからな」
五年前。とある大学に爆破予告が出され、その予告通りキャンパスは爆撃により大破した。当然、休講の措置や立入禁止の連絡は学生や教授をはじめ関係者に通達されていた。それなのに、妹は「どうせただのイタズラだよ」と笑って、大学へ向かってしまった。そして、爆撃に巻き込まれ命を落とした。
「警察の好む動機ってヤツを言うなら、復讐だ。このビルがアイツを殺した犯人と関係あるかは知らないがな。お前だって俺と同じ気持ちを少なからず持ってるはずだろ?」
ああ、何度思ったか。アイツを殺した奴をこの手で殺したいと。だが、そんなことをしたってアイツは帰ってこない。醜い感情が湧き出る度に諦めを繰り返してきた。
「お前となら分かり合えると思ってたんだがな。現実は見ての通り相反してる、そう上手くは行かないんだな」
鏡映しの向かい合わせ、仕事中とプライベート、活動服と部屋着、警察と犯人。俺たちは、全く同じで全く違う。
「今すぐやめろ、こんなことしてどうなるんだ」
「どうにもならない。どうにもならないからここで全部終わらせる。アイツが帰ってこないなら、俺からあっちに行けばいい」
「待て、だからって……。ほ、ほら、仕事に打ち込むとか、今からでも何か新しいこと始めるとかして気を紛らわせろよ……」
「ふっ、お前はそうやってなんとか自分を保ってるんだな。『何かを始めるのに遅すぎることはない』って言いたいんだろ。それと同じように俺は、『何かを諦めるのに早すぎることもない』と思ってる」
それは、そうだろう。
目の前に自分の姿を見る。勤務から解放され、衣服に付加された意味を無くす。アイツの兄とアイツの兄。俺たちは、全く同じ。
俺の声で発せられた言葉に深く一度頷いた。
「Xdayだ。またどっかの世界で三人仲良く暮らそうな」
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今回の使用単語
「よこく。ぜんや。わかりあう」
広島県大野原付近だそうです。
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