鋼の意思

「おはよう!」


 あっ。そいつは俺に挨拶を返す隙も与えず、颯爽さっそうと俺の横を走って通り過ぎて行った。ただそれだけ、これがもう半年近くも続いている。毎朝毎朝なんのつもりだ。

 その女は俺の通う高校の制服を着ているものの、誰なのかは未だに分からない。同じ学年なのか先輩なのかも分からないそんな謎の存在は、どうして毎日だらだらと歩いて登校している俺に「おはよう!」と元気なよく通る声をかけてくるんだ。今日もさらっと流れていった焦げ茶色のさらさらポニーテールに置き去りにされたシャンプーの残り香に胸の高鳴りを感じながら、そんな疑問の答えを探すのに脳の容量を使う。

 女がとうにくぐったであろう校門を潜り下足室へ向かう。かかとの潰れた上履きを腰の高さから床に落とし、パンッと音が響いた。それがこの場に俺以外誰もいないことを示している。もうとっくにみんな教室にお揃いってわけだ。

 下足室から廊下を進み階段を上って二階へ。渡り廊下を渡っていると、ドンカンドンカンと工事をする音がうるさく聞こえてきた。体育館の耐震工事をしているのだ。入学してから毎日聞いていたからこのノイズにはもう慣れてたが、改めて思うとかなりうるさい。

 そうか。ふと足を止め、思考にエネルギーを費やす。鉄筋コンクリート、あの女はそれによく似ている気がする。見えないところに強くて真っ直ぐな芯が通っている。その芯に従って俺に毎日挨拶をしているんじゃないか。そんな憶測を浮かべると、半年も挨拶を無視し続けていることになっているのがなんだか申し訳なくなってくる。

 明日こそは追いかけてでも返してやるか。清々しい気分で渡り廊下の真ん中に立ち止まる。チャイムは工事の音に掻き消されて俺の耳には届かなかった。



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今回の使用単語

「さっそう。まいあさ。てっきん」

岡山県新見市付近だそうです。

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