第13話 コンクールへの挑戦

 シナリオセンターでは『S-1グランプリ』という脚本のコンクールを主宰している。センター出身でなくても応募できる上に原稿用紙50枚の短い作品から応募できるので垣根が低く、応募総数は200作を超える、そこそこ大きな規模のコンクールだ。シナリオセンター生の多くはこの賞でデビューをデビューを狙っている。私も例外ではなかった。

 2017年の夏、一刻も早くデビューしたい&研修科のうちにデビューしてチヤホヤされたかった私は、本格的にS-1参入を決め、作品を練り出した。作品名は『ビックリカツのかっちゃん』、それまで研修科で出した作品の中で最も評判がよく、私のことを「侍」と呼んで揶揄っていたクラスメイトの女性が、「その作品聞いて泣きそうになった」と言われた作品だ。


 主人公はイジメを受ける小学生。同級生たちから仲間外れにされている。ある日、河川敷でオヤツの『ビックリカツ』を食べていたところ、馴れ馴れしい野良犬に横取りされてしまう。主人公は怒るよりも、腹を空かせている野良犬が放っておけなくなり、それから学校帰りに河川敷に立ち寄りビックリカツをあげるようになる。主人公はその犬のことを『カッちゃん』と名付ける。

 カッちゃんと触れ合ううちにイジメられている寂しさが和らいだころ、ビックリカツをあげている最中に勢いあまったカッちゃんは主人公の指を噛んでしまう。大したケガではなかったが、後に母親から狂犬病という病気を知らされ主人公は戸惑う。そしてそのような病気を持つ野良犬を見つけたら、保健所に通報して処分してもらわないといけないと聞き、主人公は自分が野良犬に噛まれたと素直に言うか、カッちゃん庇うために黙っているか迷う……


 というのが前半のあらすじである。西中島に住んでいた頃、河川敷を散策していたらのんきな野良犬が道端で腹を空に向けてワウワウ呻りながら寝転がっていたのを見かけて思いついた作品だった。

 私の憧れの作家は『村上龍』である。彼は処女作で芥川賞を受賞した。私も初投稿作(厳密にはシナセンに入る前に一度だけ脚本のコンクールに投稿していたのだが)でそれなりの栄誉を飾りたいと思い、念入りに台本に手を入れた。

 それは、シナリオセンターにある『長編講評』(今では、『シナリオ診断@オンライン』に代わっている)というサービスだ。コンクールへの投稿作などを講師が個人的に添削してくれるというもので、あくまでもどのような物語を書くかは自分だが、講師と二人三脚で作品を作っていけるというものだ。完成度の高い脚本をコンクールに応募するのは、年に2回程度が限界だと私は思っている。つまり、一度チャンスを逃すと半年は浮上できず、下積み生活を耐え忍ばなくてはならない。それが私にとっては我慢できなかった。例え、一回につき一万円支払う必要があってもそのサービスを受ける価値が私には十分にあった。

 しかし滋賀県在住の私にとっては更に交通費という侮れない出費が上乗せされる。都合、実家から大阪まで往復で4000円も必要となるので、大阪住まいの人よりも1.5倍の出費を覚悟しないと長編講評を受けることが出来ない。

 だから授業のある土曜日に少し早く来て、講評を受けたいと要請したのだが、公表してくれる先生がどうしても日曜日でないとダメと拒否されてしまった……そこで私は、「交通費に往復4000円払って4時間も電車で無駄に過ごすぐらいなら、大阪の安いホテル泊ってやり過ごしたるわ!」ということで、土曜日に授業を受ける→日曜に長編講評を受けるという日程で臨むことにした。これには先生も、ガッツがあると関心してくださったのが有難かった。

 しかし長編講評は一度では終わらなかった。やはり講評してもらうとボロが出てくる出てくる……どうしても早期にデビューしてプロになってゲーム会社に取り立ててもらってシナセンからララバイしたかった私は、文句の付け所になるまで二度、三度と長編講評に臨んだ。これにはさすがの先生も呆れていたようで、そこまで賞に執着する自分が周りから見たら滑稽だろうなとようやく少し恥ずかしい気持ちになった。


 で、そこまで練りに練った脚本の結果だが……三次選考落ち!!

最後の十数作のうちには入っていたが、それ以上には到達できなかった。応募総数200作ほどのコンクールでその順位なら上位10%には入れたといえなくもなかったが、結果が出なければまた半年はクーラーの利いたゲーム会社の開発室でコーヒーでも飲みながらシナリオを綴って自分の作品がリリースされるのを今か今か心待ちにするという、十数年来思い描いた夢の日々への道のりを足踏みを強いられてしまう……そしてそれは確定してしまった。

 私はひどく落胆しながら、危険な足場を登りながら竹生島宝厳寺観音堂の唐破風の漆を塗り、垂れた汗に目をやられつつ一日100本近くの垂木を砥石で磨く労働の日々に甘んじることとなった。


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