第12話 去る者追わず

 シナリオセンター研修科の何がキツイかって、まあ色々あるが、その中でも大きいのは、『容赦ない酷評を浴びせられる』ってことだ。

 例えば私の5番目の課題【誘惑】に関して、強迫性障害(潔癖)を題材に書いた作品を提出したら、

「聞き手に理解してもらおうという気がまったくない作品」

 などと言われてグサッときたことがあった。

 その人は当時、研修科に3年間ほど留まっていたクラス一のベテランで、研修科ながらNHKの有名なラジオドラマのコンクールを受賞して、実際に放送されたりしたほどの実力者であったのだが……そこまで言うことないんじゃないかと思ったものだ。つーか、半分史実を書いたまでだし。


 私の所属していたクラスは特にそういった歯に衣着せぬ発言が飛び交っていたような気がする。原因はいくつもあり、まず土曜の昼間のクラスだったので、平日はフルタイム+残業でクタクタになるまで働いて、やっとの休日にシナリオセンターに来るぐらいだから、意地でもシナリオライターになると意気込んでいる人が多かったこと。ゆえに角の取れていない尖った性格とセンスの若者が多かったこと。そして、先ほどのグサッとくる発言をした人が発言のハードルを下げていたことだった。

 そのような無礼なことを言われて本来ならキレ散らかして一生口をきいてやらないぐらい私の性格はひねくれているのだが、でもシナリオライターになるためにはそのような辛辣な評価も受け入れなければならないと、私はグッと心の中の爆弾を飲み込んだ。

 批評が厳しいことには結構なメリットがある。それは忖度がないことだ。せっかくお金を出して講評してもらっているのに、毒にも薬にもならない意見をもらっても何にもならない。むしろシナリオライターへの道が遠のく。そう感じたから私はむしろこのクラスに残ることを決めたといってもよかった。実は私は、研修科に上がる前にシナリオセンター自体を辞めてしまおうか悩んでいた。というのも、シナリオセンターはあくまでも"ドラマ・映画"を中心とした脚本つくりしか教えてくれないからだ。翻って私は"ゲーム・アニメ・マンガ・小説"志望である。何一つジャンルが被らない。

(ここを辞めて違う学校に移るか、それとも……)

 と思い悩みながら初めて受けた研修科の講義。毒舌の彼の人が自作を読み上げて皆で講評することになった。私は、(特徴のない作品だな)と拍子抜けした。なのに周りの人が口々に「上手い!」とかいうものだから、


(えっ、忖度してる……?)


 などと勘ぐっていた。心の天秤が辞める方へと大きく傾いた。クラスメイト同士仲良くしていたいから生優しい意見を述べるだけの内容の講義なら受ける価値はないし、ならどこかガチで挑める学校を探すべきだと頭の中の算盤がはじき出した。

 しかしながら次の人の番になったときである。


(い、意味が分からない……!?)


 課題【結婚】の作品だったのだが、男と女が急に出会って急に好きになるし、バカみたいな告白で急に結婚を決めるし、連れ子いてもいなくてもいいし、恋愛の過程をすっ飛ばして悩みや葛藤もないし、もうめちゃくちゃだった。


(これにすら「おもしろい」なんて言いやがったら、こんなクラスお断りだ……!)


 と思っていたら、案の定、クラスの全員から「意味が分からない」「色々直さないとおもしろくならない」など酷評の嵐だった。そこで私は二つのことに気がついた。彼の人の作品が平凡でも「おもしろい」と評されていたのは、そもそも課題はペラ20枚、映像にすると10分ほどなので、ただ面白くて粗がないだけでも相当難しいとうこと、そしてこのクラスには忖度などないということだった。


(自分に合っている学校とは言い難いけど……でも先生と生徒の批評は確かだし、まだシナセンの極意を身につけたとはいえないし、もう少し留まるか)


と思い直し、私はシナリオセンターに留まることとなった。


 講評が厳しいことにはもちろんデメリットもある。それは、本当に実力のない人やガラスメンタルの人は遅かれ早かれ辞めていくということだ。

 『シナリオライターに才能は要らない。ノウハウがあれば誰でもなれる』というのが同校のモットーであるが、センスのない人はどれだけ頑張ろうとまともな作品を安定して作ることは出来ないと、研修科ではまざまざと感じさせられてきた。

 例えば先ほどの酷評されどおしの人は、やはりその後も忖度されることなくほんの一、二本を除いて良いところが見つけられないとずっと酷評されどおしで、研修科を終えたと同時にシナリオセンターを辞めていかれた。

 研修科には年に3回ほど基礎科から進級した人が入ってくるのだが、そこで独自の世界を展開されて、『平凡なストーリーでもいいから面白く書く』ことを目指すように厳命されているシナリオセンターにおいてそのような作品は総じて袋叩きにあい、その人は「私には合わない」とあっさり辞めていかれた。


 ここまでガチだと今のご時世大丈夫なのかと思うような世紀末っぷりだったが、私にとってはその厳しさがかえって良い薬になったと思う。私は研修科を出るまでに30作品ほど提出し、その中でも絶賛されたのは2つか3つ、そして同数ほど酷評され、残りは良し悪しといったかんじだった。自分は天才なんかじゃないし、人一倍努力しないとシナリオライターとして食っていけないと骨の髄まで分からされた。

 生ぬるい意見ばかりもらっても、どうせシナリオライターになればクライアントや世間から厳しい評価を下されることになる。それに備えてメンタルを鍛えてもらったというか、抗体を作ってもらったというか、また何だかんだいって今ではあの環境にも、彼の人にも感謝はしている。


 しかしながら、「この作者は、作品を理解してもらう気がまったくない」って……

的を得ている。だってプロになった今でも、このような「分かる人だけ分かればいい」という想いで駄文を綴っているぐらいなのだから……

 ここまで目を通して下さった皆様に、改めて感謝いたします。






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