第11話 ドーピングのような修行生活
2017年の12月に実家に戻ると、新たな漆塗りの現場に入った。地元、滋賀県の琵琶湖に浮かぶ竹生島宝厳寺の改修工事だ。
「真冬に漆塗るってバカか? 乾かねえだろ。意図的に調整された漆しか……県庁だかどっかの調査が長引いたせいでなんで俺ら職人が割を食わなくちゃなんねえんだ? 冬に雪を溶かしたみたいなキリリと冷たい水に手を浸して作業しなくちゃいけないこっちの身にもなってみろ。手の皮がモロモロめくれるほど汚れ仕事をしたことないホワイトカラーのクソ高給取り共め! やっぱり世の中理不尽だ」
などと何度か呪いの言葉を心の中で吐きながら一冬を越した。出勤途中の漁船で琵琶湖に落ちたら命が助からないような危険な現場だったが、ひと月に十数万貯金することは出来た。
添乗員の仕事を辞めて実家に出戻ったのは、シナリオライターになるための勉強に時間を割くためである。だけど私は竹生島の仕事を終えると、再び大阪に戻ってしまった。色々理由があるが、元々両親とは不仲だったし、地元が田舎な上に親しい友達など一人もいなかったので退屈すぎたからだ。
新たな住まいはシナリオセンターの近くにある西中島にした。実家からシナセンに通うと片道2時間半という、たかだか一時間半の授業を受けるだけで一日仕事になってしまっていたのに嫌気がさしたのもあるし、西中島には淀川という東京でいうなら多摩川沿いような大きな川が流れていて、その河川敷はなかなか風光明媚だったからだ。
以前、私が大阪に住んでいた時は、関西でも屈指の規模のシェアハウスに住んでいた。外国人、男女あわせて100人ほど住むような、4階建ての大きな建物であった。諸々の事情で10代から世捨て人のような生活をしていた私にとって、同年代の人と寝食を共にする生活はとても新鮮で、楽しかった。だからシェアハウスにはとてもいい印象があった。だから今回、西中島に住む際にもあえてシェアハウスを選んだ。アパート一棟丸々使った、収容人数40人ほどの、以前よりは少し規模の落ちるシェアハウスを。
桜舞い散る季節に引っ越した私はそれから、仕事をせずただひたすらシナリオライターになるために時間を使った。
特に重要だったと後でも思ったトレーニングは二点。「見るべき映画、ドラマ、アニメをひたすら見まくること」と「授業の内容をパソコンに打ち直すこと」だった。
驚かれるかもしれないが、私はドラマをほとんど見ない。アニメも時々しか見ない。何に対しても受動的になるのが苦手なので、じっとテレビ画面を見つめているのが苦痛で仕方がないのだ。だからゲームなど双方向性のあるメディアに強烈に惹かれたのだが……
だけどシナリオセンターは基本、"ドラマ・映画の脚本家"を育成する場所なので、その手のコンテンツを見ておかないと話についていけない。まぁ別にそれはいいのだが、ともかくプロを目指す上で有名どころを抑えておかないと視聴者の求めるものと大きくズレたものを作ってしまう恐れがある。だからこれを機に、本当に数年ぶりにドラマというものを観たし、映画も名作は出来る限り視聴した。おかげで現在は、ドラマや映画にまったくの無知というわけではない。時折、経験が活かされていると感じることもある。
そして最も大きな成果を生んだのは、"授業内容をパソコンに打ち直すこと"だった。
基礎科の過程はその年の2月に終えて、私は研修科に進級した。研修科からは小さな部屋で十数人の生徒と講師一人を囲んで、各々が持ち寄った作品を批評し合うという、ノミの心臓なら潰れてしまうようなことを行う。何せ自分の作品を自分自身で読み上げ、目の前に人に堂々と意見されて、打ちのめされる。他人の作品に意見を述べる際は、順番が回ってくる数分間の間に意見をまとめて、正確に述べなくてはならない。「ちゃんと聞いてない」とか「この人は読解力がない」とか思われたら、一気にクラスに居づらくなってしまう。
しかし一つの作品に対して筋の通った批評が瞬時に出来るようになること、また多角的な意見を聞けるのはとても貴重な場でもあった。私は自分の作品だろうが、他人の作品だろうが、出てきた意見は漏れなくメモを取り、家に帰ってからパソコン上にまとめてアーカイブ化することにした。
例:
課題【不安】
タイトル:『ビックリカツのかっちゃん』 作者:カバかもん 5月12日
肯定的意見数 15 : 否定的意見数 6
《主な肯定的意見》
・可愛らしく子供らしい作品
・テーマに沿っている
・深い内容
・話が分かりやすく、スッと入ってくる
《主な否定的意見》
・なぜお母さんが、子供が犬に噛まれたケガに気づかないのか?
・余計な描写が多い
《講師からの講評》
・よくある話だが、よく出来ている。
・主人公の男の子は、友情を取るか狂犬病の恐怖を取るか迷ったが、
最後に狂犬病の恐怖を取ってしまったのはマイナス。
いじめっ子だった友達との友情が戻るという展開の方が、視聴者は安心する。
《留意するべきこと》
・どれほど登場人物が多くても、
「誰と誰の何の話か」という一言で言い表せるシンプルさが大切。
・物語の軸からブレず、脱線しないことが大切。
みたいなまとめをひたすら作成し続けた。おかげで作品の良し悪しを判別できる目が養われたように感じる。映画やドラマを見ている最中に、「このタイミングでこのセリフを言わせることで後の展開の伏線に繋げるのは上手いな」とか「この作品は三幕構成や起承転結から大きくずれた構成をしているけど、なぜ面白いのか考えてみよう」とか、「この話は段々と主人公の目的がズレていってるから面白くないんだ」とか、何を見ても会得したシナリオの知識と結びつき、補強されるようになったので、ただ漫然と作品を見ていた自分とは明らかに成長の伸びが違ってくる。
更にその知識や気づきは一度覚えたら、閃いたら終わりではなく、メモに取って後でパソコンに打ち直すことで、何度も反復して思い出したり吟味することが出来て、おかげで学習した体系的な知識等を、もう忘れたくても忘れられないほど覚え込むことに成功した……これはシナリオライターとして働く今日において、セルフチェックする際に大いに役立っている。
(ちなみにこの駄文は、そういった機能全部オフにして、単純に書くことを楽しんで書いているので、まあデタラメである。結論、凡人はいくら努力しても、キレイな文章を息を吸うように自然に書くことは無理である。凡人シナリオライターは、神経をとがらせながらお客さんに読んでもらっても恥ずかしくない文章を構築するのが仕事である)
もしこの記事を読んでくれているライター志望者の方がいるのなら、批評を恐れず、他人に読んでもらい、意見をもらって、まとまる。自分のものだけじゃなくて、他人の作品に関する意見も、自分のものとどれだけ差異があるのかチェックするべき……という方法を実践してみることをおススメする。
このように貯蓄を時間に替えて、他の生徒がマネできにぐらいひたすらシナリオの勉強に打ち込んだ。正直博打だったが、"好きなことに勉強できる時間を好きなだけ味わう"という生活を切望していた私にとっては、ようやく念願叶ったりというものだった。
竹生島改修工事第二期が来るお盆前には、シェアハウスを引き払ってまた滋賀の実家に戻った。
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