第7話アカデミックへの憧れ

唐突ですが私は高校を卒業していません。

仔細は省きますが、馴染めず2年生の終わりに中途退学をしました。

そのせいで随分と苦労しました。その後に高校卒業試験認定制度……いわゆる高認を取得しましたが、大概のクリエイター職は大卒、専門学校卒が前提でしたから、どれだけその職種を切望していてもその類の求人に応募することすら叶わなかったのですから……復学や学び直しをしようにも私が20代の頃は家計はひどい有様で、家族に学費の工面や支援はとても頼める状況ではなく、仕事を辞めることも出来ない状況でした。

それゆえに私は勉強というものは嫌いでしたが、年を経るごとに勉強することへの"憧れ"が募っていきました。自分の勉強したいことを好きなだけ学べるというのは、なんて得難くて素敵な時間なのだろう、と。


閑話休題。シナリオセンターの話に戻ると……

そんな私もいよいよ就きたい仕事に就くためにシナリオ専門校の門を叩き、積年の悲願が叶うこととなりました。

しかしながら胸中は晴れやかなものではなく、プレッシャーと迷いでどんよりとした心地でした。というのも、


(本当にシナリオライターなんて仕事を選んで良かったのか……?)

(ゲーム業界に携わりたいなら、プログラマーや3DCGデザイナーの方が堅実じゃないのか?)

(シナリオライターなんて才能がないとなれるわけない。そして自分は"才能がないから長い間くすぶってきた"。だからなれるはずがない)

(そ、それを自覚しているのによりにもよってライターの学校に入学するだなんて……正気の沙汰じゃない。失敗するのは目に見えてる!)

(それにプログラミングやCGの専門学校と違って、一切学歴に箔がつかないじゃないか! いくらシナリオに興味があっても、憧れのゲーム会社に就職できなきゃ本末転倒だ、バカバカ……!)

(今からでもいい、引き返せ……!)


そんな言葉が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えをくり返していきました。

結局、好奇心と期待感に負けて受講生となり、入学して初めての授業を受けることとなったのですが……


(ここでお遊戯みたいな授業をしやがったら、即退学してやる……!)


ドロップアウトに慣れっこな私は心の中でそう啖呵を切りつつ、初めての授業に臨んでいました。

しかしいざ授業が始まってみると……


「昔、シナリオは"才能や感性が無ければ書けない"と言われていました。しかしセンターの創設者は、シナリオを書くのに才能や感性に優劣はなく、"ノウハウがあるかどうかだけ"と考えました」

「シナリオ・脚本とは小説などとは異なり、それ一つで商品として成立するものではありません。あくまでもあなたをイメージをどのように形にすればよいか、現場のスタッフならびに技術さんに伝えるための設計図と認識してください。そして設計図はノウハウがあれば誰でも書くことができます」

「シナリオは"柱"、"ト書き"、"セリフ"の三要素で構成されています。まずは柱、つまり場面や照明を設定します。どこで誰が何をしているか分からなければ、ライターの頭に思い浮かんだイメージを映像化することが出来ないですから、まずは"時間と場所"を設定します」

「シナリオとはあくまでも映像表現です。目に見えるもの以外書かないでください。例えば、『実は花子は丸雄を愛していたのだが、あえて何も告げずに別れた』などという心理描写を書いてはいけません。目に映らない心をどう映像として脚本上に表現するかがシナリオライターの腕なのです……この場合は、去り際に一度躊躇して振り返り、泣きそうになりながらそれでも去る花子の姿、などを盛り込めば、あえて心情をセリフにせずとも観客は察してくれるでしょう。ここに戯曲との違いがあります。戯曲、すなわち演劇でのセリフは――」

「時間経過は――」

「セリフは――」

「"丸裸で書く"とは――」


(わっ、わっ、わっ……!?)

この日のために用意していたコクヨのカンバスノートに、講師の言ったことを書き留める手が、一時間超の授業中ただの一度も止まることはありませんでした。それだけ怒涛の如く叩き込まれるシナリオのノウハウ。まるで洪水のように押し寄せてきます。


(すげぇ、すげぇ、すげぇ……っ!!)

何が凄いって、この時の私の脳と身体が活性化し、全身の肌がゾクゾクと泡立ったことにでした。自分の学びたいと思っていたことを、存分に学ぶことのできることにカタルシスすら覚え、高校の授業に一切の興味が持てず、早々にドロップアウトしたかつての少年が、シナリオを学ぶことにパラノイアになっていることが、自分のことでありながらとても稀有で奇妙なことだと感じました。


(やっと、見つけた。学ぶべきことが……)

今になって思えば、シナリオセンター基礎科のアカデミック的な雰囲気が余計に私にとって良い方に作用したのだと思います。だって、肉体労働と赤貧に喘ぎながら、ずっと切望していた大学や専門学校のような高等教育を受けているような雰囲気を形だけでも味わえたのですから。


残念ながらシナセンはいわゆる学校ではなく、カルチャースクールです。いくら学んだことで学歴が授与されるわけではありません。

しかしながら基礎科を終える頃には100枚綴りのノートを使い切ってしまうほど膨大なノウハウを授かれることの出来るシナリオセンター。下手な大学の講義よりもよっぽど有意義な時間を過ごさせてくれると悟った私は、授業を終える頃には迷いが吹っ飛び、(とにかくいけるところまでとことんいってやろう)と思えるようになっていました。

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