第6話 目標
貯金のために実家に戻って約半年。
9月、私は岐阜県の現場に携わっていた。実家が滋賀県なので車通勤。一日三時間のドライブである。
その頃にはもちろんシナリオセンターの10月入学生が募集されていたのだが、この期に及んでまだ本当にシナリオセンターに入学するかどうかを決めあぐねていた。
胸中、色々な想いが渦巻いていた。自分は本当にシナリオライターになりたいのか……本当になれると思っているのか……他の道みたいにまた諦めるんじゃないのか……なれなかったらまた数か月無駄にする。就職が遠のく……高校中退、30歳まで会社員経験なしじゃ、もうどこにも雇ってもらえない……人生詰む……せっかく作った貯金もなくなる。と……ネガティブな感情しか湧いてこない。
そもそも私はかつて一度、ゲームシナリオライターになろうとした。高校を辞める前のことだ。当時よりもさらにクレイジーだった私は、学校があまりにも嫌いだったので学業そっちのけで、「ラノベの一本でも書いて小説家になろう。そしたら学歴なんか関係ない!」と息巻いて小説を書こうとしていた。
私は幼い頃からユニークな子ども、将来大物になると周りの大人からは言われていた。周りと反りが合わなくても、自分がいい意味で特別だと思い込んでいた。そう思い込まなくては孤独な学生生活をやり過ごすことが出来なかった。そして特別な自分には、特別な才能があると思い込んでいた。当時、小説やアニメ、文学をこよなく愛していた。愛した分、愛で報いてくれると素直に信じられるほど恵まれた家庭で育ち、かつ幼かった。そして身の程知らずにも、自分はこれだけ物語を愛しているのだから、特別なのだから、物書きの神様も私を愛してくれるし、私は見出され、報われるべき人間なんだと盲目的に信じ込んでいた。
しかし結果として、何一つ書けないまま高校を去ることになった。対人恐怖症、強迫性障害と思しき症状が出て引きこもるようになったが、それでもまだ筆を置きはしなかった。しかし数年後、朝井リョウが最年少で芥川賞を取ったと知ったときには、本当に才能がある人は既に見出されているべきなんだと自覚するしかなかった。つまり自分には何の才能もない事を認めるしかないということだった。小説家として成功はおろか、高校も出ていないならゲーム会社に就職できるはずもない。ゲームシナリオライターにもなれない。私は失望して、その後約10年間筆を執ることはなかった。
それなのに今さら、齢30にして再び筆を執る……感覚も古くなっているのに? 才能がないって証明されているのに? 馬鹿げている……!
という想いが渦巻いて、なかなか入学願書が出せずにいた。
そんな折である。
片道一時間半の車通勤は退屈すぎた。なのでラジオがわりにスマホで動画を流して道中楽しんでいた。何を観ようかとザッピングしていたときである。
「あれっ、これって……おジャ魔女どれみじゃん。懐かし~」
この作品には人並みならぬ思いがあったが、放送当時多感な中学生男子だったゆえに滅多にリアルタイムで見ることが出来なかった。いつかひとり暮らししたならビデオデッキを買って全話見るんだ! と胸に誓ったまま、その機会が十数年間訪れず、妙に心残りとなっていた作品である。
「一話だけしかアップロードされていないのか。あれっ、3話繋がってる。『長門かよこ三部作』……知らんな。"も~っとおジャ魔女どれみ"の頃のやつか。その時はあんま見られへんかったしなぁ。とりあえず、流してみるか~」
と何気なく再生した。
『長門かよこ三部作』は当時の少女アニメとしてはとても攻めた内容だった。当時、表面化してきた不登校児を題材にしている。
主人公のどれみはある日、学校に通わず図書館で勉強するクラスメイト、長門かよこと仲良くなる。どれみは学校に通うことを無理強いせず、むしろかよこのために学校をサボったりもした。かよこはどれみに心を開き、学校に通おうとするもなかなか通うことができない。それはかよこの複雑な心境や家族問題、トラウマが原因であった。
不登校、中途退学、ひきこもり……多くの問題でかよこと共通していた私は胸を揺さぶられて、思わず車を停めて涙を流した。
「しょ、少女アニメでここまでのことをやるだなんて……!」
このようなビッグタイトルで微妙な問題を扱うには勇気がいることだと思う。中途半端なものを書けば、当事者から批判を浴びかねないし、何より深刻で共感性を得づらい話なので、主なターゲット層からは支持を得るのが難しかろう。つまり、視聴率の保障ができない題材である。
だがそのアニメスタッフは、脚本家は、見事に学校に通えず苦しむ女の子の心情を描き切った。それも魔法少女ものとして、小学生にも分かるように……
当時、この話を偶然目にした、自分の家や部屋から出ることの出来ないほどに消耗した、長門かよこと同じような状況の子ども、その親御さんはどれだけ救われたことだろう。「ああ、自分のことを分かってくれる人が、苦しみを分かってくれる人が、見守ってくれる人が、いざという時に温かく迎えてくれる人がいた」と……私も、家から出られずに暗がりの部屋で窓辺を眺めつつ一人涙を流していた頃に、どれみのような人が手を差し伸ばしてくれたなら……この話を目にしていたなら、もっと早く立ち直ることができたのかもしれないと、本気で思った。
「……書こう。俺が書きたいものはこういうものだ」
『長門かよこ三部作』を書いたのは、紛れもなく脚本家、シナリオライターである。そして私は目指すべき目標と、書くべきテーマを見つけた。「よくやった! 素晴らしい作品だ!」と拍手できるような作品を、孤独に苦しむ人へと届けたい……そのために人生を使うべきだと悟った。
私はシナリオセンターへの入学を申請した。
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