第5話 金策
見学会に赴いて、シナリオセンターには夢があることが分かった。
しかしそれでもすぐに入学を決められない事情が私にはあった。
一言で言うと、もっといい学校があるんじゃないかと日和っていたわけだが、それ以外にももう一つ……金だった。
当時私の貯金は十万円を割り込んでいた。仕事は旅行会社の添乗員。その仕事を始めてまだ半年ながら国内バス旅行を中心に月10本ほど受け持っていた。
添乗員の大多数は会社員ではない。登録制のフリーランスである。月給制ではなく歩合制で、当時の私の月収は10万強しかなかった。
格安のシェアハウスに住んでいたので赤字の出る月、出ない月があったが、ともかく生活はギリギリだった。たとえ月9000円というバカ安のシナリオセンターの学費と言えども、当時の私にとっては死活問題になりかねなかった。
そうこう悩んでいる内に入学受付期間は過ぎていった……次回の入学は10月からである。
「こ、こうなったら……」
私は実家に連絡を入れた。
実家は小さな仏壇店を営んでいた。どのぐらい小さいかというと、私が勤めていた頃は私を含めて3人しかいなかった、最早家内制手工業といったかんじの零細企業だった。仏壇店ではあるが、販売だけではなく製造も手掛けている。昔ながらの漆塗りで一基2、300万の仏壇をひと月に1台のペースで作っていた。
ひと月に1台のペースで作っていても、そんなに売れるわけではなかった。特に2009年の世界金融危機(リーマンショックという用語が嫌いで……)の時期からは注文がめっきり減り、仏壇は年に1、2台しか売れなくなった。
喰いつめた一家は京都の業者の伝手を頼り、全国各地の神社仏閣を改修する工事現場に駆り出されることになった。日当制だが2万~1万5000円は得ることが出来る。
私はひょんな事情で高校を中退し、その後一年近く引きこもっていた。
それを見かねた父が家業を手伝うように言ってきた。そのことに恩を感じ、たとえやりたい仕事があったとしても家のため、破産を避けるためとツラい現場仕事に耐えてきたのだが……年の1/3は現場へ出張、時には同じ現場の人と雑魚寝共同生活、西は福岡、東は東京まで、1,2か月で変わる現場と居住地が変わる生活を5年程続け、計30回以上のお引越し……心神耗弱状態にあったところに、父から日当の半分をピンハネされていたり、家の売却を防いだり、「下の姉弟が無事学校に通い続けるにはお前に抜けられたら困る」と脅されたり、雇用保険に入っていなかったことまで発覚したりして、「俺はこの家の奴隷じゃねぇんだぞ! なんでそこまでしなきゃなんねぇんだ。俺にはピタ一文学費なんか出したことないくせに……本当に頼りたかった時に、何もしてくれなかったくせにっ! それでも親か!? 俺の人生返せよ……!!」と吐き捨てて、単身大阪へと出て行った。
そして2年後、この様である。何とか死なない程度の仕事にありつけ日々を過ごす、月9000円の学費も払えない三十路のからっけつ男の完成だった。
「……あの時の恩を、返してもらおうか」
もちろんそんな風に言いはしなかったが、私は再び家業の仕事を手伝いたいと申し出た。日当1万5000円で4,5000円ピンハネされても、ひと月20万円は余裕で稼げる。実家か出張先で借り上げた部屋に住めば家賃はタダ。ひと月10万円は貯金が出来る。
正直、高校を辞めてから10年近くも雇い続け、経済危機の折にも見捨てずに給料を与え続けてくれた(一時期、金の無心をされて強制的に貯めていた貯金をごっそり持っていかれるなどリアルボンビーみたいなことをされたこともあったが)父に対する逆恨みも甚だしい、吐き気を催す邪悪レベルのサイコパス的思考で再び親に寄生しようとしていたのだが、それぐらい自己正当化しなければ何回死んでも足りないぐらい後悔と恥に塗れた人生を送ってきたので、「10代、20代を犠牲にした報いを今、返してもらう」という何様精神で出戻りするのは、自らの命を守るためには致し方ない必要悪であったと今でも認識している。
ともかく、新たな道へ踏み出すための金を作るため、一旦大阪を離れて滋賀県の実家へと戻ることとなった。
すぐに山梨県の寺への出張が決まり、父と共に赴いた。
昼飯に顎が外れるぐらい固い『吉田うどん』を食べながら、「ああ、金があったら今頃、あの教室で勉強して夢に一歩でも近づけたのにな……」と思いをはせつつ過ごす。
シナセン入学まで、あと4か月。
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