外伝
風が止んだ日 1
朱色の風 14話からの分岐ルート
神はこの選択肢を不要とし消去した後、世界を巻き戻した。
「隊長」
昨日の報告書に目を通していたKの元に息を切らしてティルが現れた。急を要するものだろうが、どうせしょうもない報告だろう、と聞く耳を持たないつもりだった。
「西部住宅街で一家全員が何者かに殺害されました」
のだが、ピクリとペンが跳ねる。書いていた文字の最後が激しく紙を引っ掻いた。
「副隊長を呼んでください」
「はっ」
Kはサインを途中までしか書いていないのにペンを置く。そして振り返り、椅子の後ろの窓を開けて防寒着も纏わずに肌寒い外へ飛び出て行った。
弾丸のように空を飛んでいく。道も建物も全部無視して最短距離で現場へと急行した。
窓から少し覗いただけでわかる、一軒家の中では地獄のような悲劇が行われていたらしい。血飛沫が窓に模様を作り、人の手の形をした赤い模様が取手を引っ掻いていた。窓やドアが開いてもいないのに酷い匂いが三軒先まで立ち込め、家にいられなくなり外に出た住民が着弾したKを心配そうに見守っていた。
「そこの御方、これをやった人を見ていませんか」
四肢を作り人型をしたKは焦りを心の奥底に無理やり押し込んでにこやかに事情聴取に向かう。「知らない」「見ていない」と言う人しかいなかったが、一応そこにいた全員に聞いて回った。
「隊長!」
東の方角から走ってくる黒い影。
そこにいた皆が一斉に振り向く。彼は顔面に酷い傷を負っているので住民のほとんどが狼狽えて目を逸らした。副隊長のゼンだ。
「遅い!」
「すまない」
Kだけはゼンを見て開口一番叱咤し、落ち着かない様子で駆け寄り、いつものルーティンで話しやすいようにゼンの傷を少し治してやった。力加減が上手くいかず、思ったよりも強くかかってしまう。ゼンは痛みの引いた目元に手を当て、指が汚れていないことに眉をひそめた。ここまでやる必要は無いといつも言っている。
隊長のくせによく取り乱すKの肩に黒い外套を被せて背中を叩き、その後ろの家へ顔を向けた。
「私にも背負わせろ。支えるのが役目だ」
「うん……ありがとう」
深呼吸をしたKはいつも通りの悠然とした立ち振る舞いに戻りふらっと後ろを向いた。失われた命はみっつ、夫婦と小さな男児。
「今この時、カサンを治安維持部隊から追放する」
「御意」
それだけの短い会話を終わらせると、二人はゆっくりと家に近づき、胸に拳を当てた。
「私の不甲斐なさが貴方達を地獄へ送ってしまいました」
故人に言葉をかける。二人は怒っていた。ギリ、という音が住民達に聞こえてくるくらい。
顔を合わせ、頷き合う。たったそれだけの合図で二人は意思疎通をしたように駆けだし、飛んだ。
「治安維持部隊各員に告ぐ! 朱い腕章を見つけ次第拘束せよ!」
空高くに飛んだKが声を張り上げて叫ぶ。各地に散らばっていた隊員はいつもとは違う隊長の緊迫した声に目を丸くし、すぐに捜索活動に入った。
一方、ゼンは今来た道を稲妻のように戻って行った。朱色の門をくぐり、本部を二階まで駆け上がる。廊下を走り、突き当たりのドアを突き飛ばした。
バンッと心臓を叩く音に驚いた若者達が一斉に見た。
「待機だ。外出を固く禁じる」
いつもなら温厚でテンポの遅い副隊長がノックも無しに突撃するなど尋常ではない。固まった朱色の腕章達にお構いなく続ける。
「私以外を部屋に入れるな」
イエスを聞く前にドアから外に出ようとしたゼンを、ポニーテールの少女が不安そうに呼び止めた。
「副隊長……何かあったんですか?」
「答える義務はない」
ドアが締まり、副隊長と隊員とを分かつ。ゼンは隊員が出られないよう鍵に加えて雷で結界を作ってKの所へまた駆けていった。
「副たいちょ……きゃっ!」
バチンッ!
突然幽閉された朱色の一団は呆然と雷の壁を見つめた。窓にも強力な雷の結界が張ってあり、皆部屋の真ん中で立ち尽くすしか無かった。
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