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その日はまず、建物内で備品の補充や掃除をした。一班の時は班の部屋やその前の廊下しかしていなかったしそれも交代制であったが、この班は二階全てをたった十数人で片すらしい。それが毎日の前半の仕事で、後半はその日によって変わってくるのだという。流石にこの広い館内を全て雑巾がけすることは無いだろうと思っていたのだが、悪い予感は当たるものだ。
「ファイト、大丈夫行って帰ってくるだけだから」
「と、遠い……」
「慣れだよ慣れ」
ひゅっと肝から何かが抜けた。よーいドンの合図で駆けて戻ってきた時にはもうヘトヘトで何も喋ることが出来なかった。しかし、カサンと同じように息を切らしている人は何人もいて、お互いに顔を合わせて「お疲れ様」とねぎらい合う。
その後後半の任務の確認のためにティルを先頭にしてミーティングが開かれ、よく分からないまま頑張って皆の言葉を頭にたたき込んだ。
星刻五時の鐘が聞こえる。前半が終わり、やっと一時間の食事休憩の時間だ。カサンは前半世話になった人を誘って食堂に行こうと見渡した。しかし、どこへ行ったのだろう、見当たらない。
「後半の場所に行こう、準備は終わった?」
見逃していたらしいその人に右から声をかけられて少し驚いた。影が薄いのか、周りが見えていなかったのか。置いていかれた子供のよう寂しく思っていたのを隠して、なんでもないように首を傾げた。
「え、食堂には行かないの?」
「俺達はいつも外で食べてるよ。君も一緒に行こう」
でも弁当は持ってきていないし……と俯くと後ろから来た男子に強引に小銭を握らされた。
「俺がおごるから……橋の近くに美味しいパン屋があるから……買って来なよ」
「え、いいの?」
「うん……俺は、お金もう使わない……」
「ありがとう?」
優しい人だなぁ、とぺこりとお辞儀をする。会話が苦手そうなその人は恥ずかしそうに笑って部屋の奥へ消えていった。
今日は運が良かったけど、半年も部隊員割引の効かない外で食べるなら節約しないと、と心に決めるカサンだった。生憎弁当を自分で作るような料理スキルは持っていない。仕事が終わったら食堂で半額になった弁当を買いに行けば多少は節約出来るだろう。
昼食は橋の近くの広場で輪になって食べた。さっきお金を貸してくれた人にお礼を言おうと思ったのだが、顔をよく見ていなかったせいで誰だったのか分からない。はやく全員の顔と名前を一致させなければ、今回のようにもう一度話しかけようとして相手が分からなかったら申し訳ない。
一時間後四班初めての外任務が始まった。内容は数日前起こったエキドナとの抗争で壊された橋の修復の続きだそうだ。昨日までで骨組みはできあがっており、今日からは正しく石を並べていく。正直今まで部屋の中で権力の練習しかしてこなかったカサンには肉体労働はとても辛く、前半に掃除をしていたのもあってすぐにバテてしまった。
「痛ってえ!」
息を整えていたところで、橋の向こう側から悲鳴が聞こえた。とっさに駆けつけると石を足の上に落としてうずくまっている少年がいる。
「まってて、すぐ治すから」
一班での練習の成果を見せるときだ。右拳を胸に当て、少年の足が治るように祈りを込める。細い糸のような魔力の気配を感じて目を開けると、少年は足をぶんぶん振って治ったことをアピールし、笑顔で礼を言い駆けていった。
「あ、また目を閉じちゃった……」
一班で散々「権力を使うときに目を閉じるな」と言われていたのに、なかなか出来なくて練習していたのだ。難しいな、と唸って顔を上げた。
もしかしたら他にも怪我をした人がいるかもしれない。そう思って辺りを見渡すが、どうやらさっきの人だけだったようだ。さらに周りに目を向けてみると石を運ぶのではなくカサンと同じようにサポートの権力を使っている人がいる。
あれ、そういえばさっきの人、男子だったっけ、女子だったっけ。
「まぁいっか」
「ああやっと見つけた! ごめんごめん、何するかわからなかったでしょ」
一人の少年がタタタッと走ってくる。そう言えば今日はついてくれる人がいるんだった、と思い出した。別に物覚えが悪い訳では無いが初めてのことが沢山あったせいで記憶から飛んでいたのだろう。
「苦手なことをする必要は無いよ、皆それぞれ得意なことは違うから、苦手なことは得意な人に丸投げしちゃえばいいんだよ」
よく見れば石を割って運ぶがたいのいい人達、橋の近くに立って運ばれた石の置き場を指示する人、離れたところでバフの権力をかけてサポートする人。元々いた班で教わったことをそれぞれ実践して、助け合っている。
「君は何が出来る?」
「サポートの権力がちょっとだけ」
そう言うと、少年は少し考えて、離れたところに立っている少女を指さして言った。
「サポートかぁ、俺は苦手だな……あ、あの人が得意だから教えてもらうといいよ。力になれなくてごめんね、俺は石運んでくる」
「ありがとう」
手を振って先輩を見送った。ここはとても親切な人ばかりで、おかげでカサンは思ったよりもはやく四班に溶け込むことが出来ていた。
彼に示された少女はじっと石を運ぶ人たちを見つめて定期的に何かの権力を発動して彼らを助けていた。
「僕に強化の権力の使い方を教えてください!」
少女は急に声をかけられたことでとても驚いた顔をしていたが、皆の力になりたいと言うと快く受けてくれた。
「……いいけど、君、知らない人に声をかけるのは怖くない?」
「なんで?」
予想外の質問に目を丸くする。四班に来たばかりだから誰の顔も名前も知らない。けれど、皆が優しくて親切な人だと言うことはもう分かった。たとえ話したことのない人でも、友達のように仲良くなれると思っている。
「ううん、なんでもない。あの人を強化するから、まずは見てて」
少女は右手を前に出し、指先に小さな紫の球をつくると、大きい石を担いで運ぶ少年へと飛ばした。少年に当たった球はそこで消え、代わりに少年の歩みが軽く早くなる。
「すごい!」
「コツはね……」
それから数日、カサンは自分の運命も忘れるほど、様々な人に声をかけては権力の使い方を教わることに熱中していた。おかげで少しずつ出来ることも増え、数日後にはずっと前からここにいたのではないかと思うほど四班の生活になじんでいた。
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