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 カサンを異動させた次の日にKが四班に任務を伝えに行くと、そこにはきちんと新人の短髪少年がいた。ティルや他の同僚に物の場所を教わりながら自分のロッカーに手荷物を詰めている。

「あ、隊長」

 カサンの真後ろに立ち驚かせる前に他の隊員に気がつかれてしまい、内心口を尖らせていつも通り朝礼を始める。

「おはようございます。今日も引き続き橋の修理をお願いしますね。それから、いつも言っていますが周りを見ながら行動すること。皆、分からないことがあったら先輩に聞くように。分からないまま放置しないでくださいねぇ。ええと、新人の方には……貴方がついて教えてあげてください」

 Kは二十人ほどの班員を見渡し、指導役として一番後ろに座っている少年を指さした。

 新人とはつまりカサンのことだ。しかし、名前が分かっていてもそれを呼ぶことはしないようにと細心の注意を払って話した。四班と話すのは他と話すよりも考えることが多い。Kは自分が自分の部下を忘れたと言うことを絶対に悟らせないように自分の言動に様々な制約をかけていた。

「はい」

 二人は同時に返事をし、カサンはぎこちなく指導役の隣に座った。セドリックから普段は陽気な人と聞いていたが、流石に一瞬で四班に馴染めるほどの社交性は持っていないようだ。

「よろしくお願いします」

「うん」

 明るく挨拶をするカサンとは裏腹に、指導役の少年は控えめな作り笑いで応えた。

 Kは人数を数え、全員そろっていることを確認すると皆に任務の詳細を伝えた。朝礼が終わると班員は全員起立して、一斉に入隊時と同じように胸に手を当てて敬礼する。カサンを除いて完璧に揃ったそれを見届けて、Kは三、二、一班と同じように予定の伝達をしに行った。

 今日もイレギュラーな予定が多い、昼食までに部隊内でできることを粗方片付けておかなければならなかった。四班の面々が心配ではあるが、仕事を放り出して贔屓をするわけにはいかない。


「K、昼は?」

「超忙しい」

 一通りの通達と事務仕事を終えて後半の準備をしているKを、前半の見回りを終わらせて外から帰還したゼンが訪れた。

 ゼンは裂けた口を見られたくないために食事は一人かKと二人で取っている。班長達とも仲が悪いわけではないが、三人の班長はそれぞれ自分の部下達とはしゃいでいるので誘うのは気が引ける。本意ではないが、顔のせいも無口なせいもあり更に立場のせいもあって隊員からは少し距離を置かれていた。つまり、K以外に気軽に話せる友人がいないのである。

「仕方ないなぁ、これ終わらせたら行くから先に行って席とっといて」

 そう言うKも嬉しそうだった。ゼンとは数年前に知り合ったばかりなのに、生まれたときからずっと共にいるのではないかと思うほど息が合う。

 ゼンと違って、嫌われていようがなんだろうが「お邪魔しまぁす」と隊員達の輪に加わって雑談に花を咲かせる度胸のあるKだが、ゼンが居るときは二人で居ることが多かった。

 だから、昼間食堂でゼンの姿を見かけると隊員はほっと胸をなで下ろす。

「日替わりはカツカレーだ」

「それでゼンは嬉しそうなんだ。好きだね揚げ物」

「君もだろう」

「私は肉よりは魚の方が好きだな」

 いつも通りとりあえず一度は相手の意見を否定しておくKに、ゼンはにっこり笑って切り返した。

「刺身もある」

「刺身も良いけど、今日の気分的には火が通っていてほしいかな」

「残念だ、焼き魚はない」

「ああ分かったよ、早く行きなよ」

「早く来い」

 ゼンは浮き足だってドアを開けたまま出て行った。

 Kは走り去ったゼンを鼻で笑い、ルカに持っていく書類の最後の一単語を書くと万年筆をそっと置く。そして、インク瓶を倒さないように気をつけながら机の上を飛んで、開け放れたドアから飛び出た。

「隊長、廊下を走らないでください。規律違反です」

「走っていませんよ」

 一階で風を切りながら隊員の頭の上を飛んでいくKをティルがたしなめるが、いつものように苦しい詭弁で躱して食堂に駆け込んだ。混んでいる食堂の列の最後尾に上から滑り込み、前に並んだ三班の黄色い腕章の女性に絡みながら焼き魚を頼んで、食堂の隅で待つゼンの元へ向かう。ゼンは予定通り日替わりメニューを甘口で頼んで、Kが来る前に包帯を外し食べ始めていた。

「あるじゃん、焼き魚」

「よかったな」

「しかし全く君は……」

 一連のことを見ていたゼンは苦笑した。廊下を歩く人々の頭上を飛んでいくKとそれを咎めるティルはもはや部隊の風物詩となっている。

「確かに走るスピードを超えて飛んでるけど、走ってはないでしょ」

「怒るのがティルでよかったな」

 他の人、例えばセドリックであったら詭弁は通じない。頭上を通った瞬間ズボンをつかんでKを地面に引きずり下ろすだろう。飛べる三班長のダリアだったら、面白がって先回りし通せんぼするし、場合によってはケンカをふっかけてきて見世物になる。それなら上から行くより素直に歩いた方が早く飯にありつける。

「ティルは真面目で冗談通じないけど、それが良いところだよ」

「褒めてないだろう」

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