11
暫く内容のあるようなないような雑談をすると、ゼンが突然「そういえば」と切り出した。
「四班はどうやって覚えている?」
ゼンは四班の人たち、つまり消えることが決定して記憶から薄れる少年少女達のことをあまり覚えていない。昨日四班と共に行動していたのだが、最近配属されたばかりの数人しか顔を思い出せなかった。逆に半年弱四班にいるであろう慣れた動きをする人たちのことは記憶から抜け落ちているため初対面のように思えるので、新人の方が慣れていて顔見知りの方がおどおどしているおかしな印象を受ける。
「覚えてないよ」
「何?」
Kは手首から先だけの手で器用に箸を持って、米を頬張りながら当然のように言った。そして、目隠しをあげてそっと周りを見渡し、ティル以外の朱色が見えないことを確認する。今日も外に食べに行ったようだ。
「実際、昨日配属した子の名前も覚えてないよ。カ……ええとカサンだっけ」
「……」
ゼンはケロッとした隊長に絶句した。普段から隊員が大切だとか隊員のためだとか言っているKが、昨日半日話したばかりの少年のことを記憶にとどめていないとは思わなかった。
「覚えようとすると誕生日近い子がどんどん話し辛くなるからやめた方が良い。ゼン、会話が必要なのは誰からも覚えてもらえなくなった、成人が近い子達だ」
眉をしかめた。口の裂けた部分を右手で押さえながら水を飲み、手を胸においてごちそうさまと呟く。Kは紙で口と手を拭くゼンにお構いなしに話しながらゆっくり食事を続けた。
「酷い奴だと思っているでしょ。訳があるんだよ、ゼン。あの子達はきっと、忘れられたという実感をさせたら心が折れる。そういう運命だとしても、誰にも必要とされなくなったら辛いに決まってる……だからなるべく記憶にない人に話しかけるんだよ。そして、記憶に新しい子は朱い腕章をした見知らぬ人に預けるといい。そうすれば私達が指示を与えなくても勝手にやってくれる。今日カサンの指導係にしたのは顔も名前も全く覚えがない子だ。上手くいってたはず、前半見かけたでしょ」
「ああ、外から帰ってきたときに……確かに彼はよくやっていたが指導係などいただろうか」
ゼンは顔の傷口に包帯を巻く手をピタリと止めた。落ちないように左手で包帯を押さえてKの顔を見た。
「指導係の存在は覚えていたのか」
「うん。あ、これ美味い。ゼンも食べる? こんなに美味しいもの食べないなんてもったいないよ」
口を覆って後数周回すだけになったタイミングを見計らって食べないか、と声をかける。わざとらしい癇にさわる言い方にゼンはピクリと眉間に皺を寄せた。そして得意な雷を操る召雷権を使ってKの手に静電気を流す。
カラン、と箸が机に落ちる。拾おうとしたところにもう一度雷を落とすと、やるなぁ、と口の端を引き攣らせた。今度はちゃんと箸を拾うと、それをゼンに向けて杖のようにして包帯を持つ手に同じ手を使って反撃する。
「痛、いってえ!」
「ふんっ」
Kの腕は本体につながっているわけではないので電気が走ろうが痛くもかゆくもないが、ゼンは生身に電気が走っているので痛むし痺れる。挙げ句の果てには叫ぶと裂けた口が痛む。
「……人のことは覚えていなくても、役職としてなら覚えてるよ。その人に関する記憶が抜け落ちるんだから、その人に関係しない記憶として保持すれば良い。そうしないと毎日四班の人たちにどう接したら良いのか分からなくなる」
Kが右手と包帯の外れた口を押さえてうずくまるゼンが癒えるよう祈ると、黒い右手から放たれた紫の細糸がゼンの右手と傷にまとわりついて消えた。
ゼンは嘆息して右手を握ったり開いたりして治ったことを確認した。何度経験しても不思議な物だ。こんな魔法は地上にはなかった。
「例えば、四班の人数は今何人?」
「……十人程度か?」
Kはその答えを聞いて、口の中の物を飲み込んで何でもないように振る舞う。
「正解は二十一。昨日までは二十で、書類上は現在二二三。実感はないね、私も十数人だと思うよ。でも数字上はそう」
「そんなにいたか」
「後半でも明日でも良いから数えてごらん。数字としてなら覚えていられるって証明になるから。名前を挙げて数えないでね」
「ああ」
ごちそうさま、と手を合わせた。
「……つまり、それだけ多くの部下を奪われているんだよ記憶もろとも。何が神だ、三ヶ月もしたら昨日あの子とした会話も思い出せなくなってる」
気を紛らわせるように包帯を直してやる。ゼンは何も返さなかった。
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