12
カサンが転属する前からやっていた橋の修理は、副隊長が急に来たとか途中に迷猫探しが入ったとか以外は大きなトラブルもなく終わった。
修理が終わるのを見計らうようにKがルカのお土産を持ってきたので四班全員集まって真新しい橋の上でパーティをした。Kの持ってきたお菓子はいつも通りの変な味だったが、隊長の手前不味いとは言えない。口のチャックに南京錠をかけながら詰め込む皆の顔はそれはそれは酷いもので、隊長が去った後に顔を合わせて笑い合ったのがいい思い出になった。
毎日前半は掃除をして、後半は日によって異なる仕事をする。橋の修理が終わった後はユニオンで毎年開かれる大きな祭りの準備から片付けまで行い、その中でエキドナの伏兵を見つけたので隊長に引き渡した。
建物内で書類仕事をしていた一班とはまるで違う、主に外任務に駆けずり回る日々が続く。カサンは運動が得意ではないが、皆と相談しながら協力して仕事を進める毎日はとても有意義なものとなった。
三ヶ月の間に十二人が新たな仲間となりカサンは先輩になった。しかし、不思議なことに班員の数は変動していない。何度数えてもカサンが来たときとほぼ同じ、二十名だ。誰も欠けてないはずなのに。少し怖くて班員の一人に聞いてみたが、笑って「んなわけねえだろ」と流されてしまった。
「何かおかしいような……」
名前と顔を一致させるという目標はもう三ヶ月経っているにも関わらず達成できていない。それ以外にも不思議なことが起こっていた。
毎日朝来ると数人朱い腕章の見知らぬ人が入ってくる。なんの躊躇もなく入ってきて、我が物顔で椅子に座って、そして明るく話しかけてくる。彼らは一人として見慣れない顔だが振る舞いからして新人ではないのは明らかだ。後輩の顔は全員覚えているから必然的に先輩だと言うことになる。
久しぶりに来た人なのかな、と名札をチラ見して昨日話した人だと気がつくこともあった。カサンは記憶力の良い方ではないが、決して悪いわけではない。三ヶ月、つまり三百日も一緒にいて覚えないわけがないのだ。前日話した人の名前を覚えていないなんて今まであり得なかった。
ある日のこと、ドアの前で直立したまま震えた声で敬礼する人がいる。
カサンは昨日隊長が仲間が増えると言っていたのを思い出した。
「はじめまして、本日付きで四班に……」
「タリ!」
やってきたのは元一班の少女だった。名はタリアード。水色の髪を後ろで一つに結んだ明るい人で、一班にいたときに一番仲が良かった同僚だ。カサンは知人が来たことに嬉しくなりぶんぶん手を振りながら人混みをかき分けていった。
一班の皆は元気だろうか、僕はこっちに馴染んだんだ、色々教えてあげるよ。またたくさん話をしよう。
友との再会に有頂天なカサンが人混みの一番前に来る。少女はようやく一対一で話せるようになったところで「どこかでお会いしましたか」とでもいうように首をかしげてしまった。
「え……?」
もう、冗談はやめてよ、たった三ヶ月会わなかっただけじゃないか、そんな顔しないでよ。
「おい」
信じられないタリアードの表情に固まった笑顔のまま呆然としていると、急に知らない男子に左腕をつかまれしんと静まった人混みから誰もいない部屋の奥に無理矢理連れてこられた。
「何すんだ、痛いよ」
「馬っ鹿野郎!」
男子はカサンを壁に押し付けて威圧的に、しかしどこか諦めたような顔で叱咤する。カサンが低身長なのもあるが、その男子の圧は相当な物だった。
「君は部外者だろ、せっかくまた会えたんだから邪魔しないでよ!」
胸を反らして負けじと張り合い、部外者、と怒鳴る。その人は何故か目を丸くして、それから口をへの字に曲げて静かに言った。
「なあ、お前のことをあの子は覚えていたのか」
「……忘れられたって言いたいの? 僕は忘れられたって言いたいのかよ!」
ある人は突然声を荒らげるカサンを視界に入れないようにそっぽを向き、ある人はいつもより大きな声で雑談を始め、そしてある人は忙しそうに部屋の外に出ていってしまった。
たった三ヶ月会っていなかっただけで忘れるなんて、そんな馬鹿な話あるか。ただの知り合いでも三ヶ月で忘れるわけがない、仲の良い友人ならなおさらだ。
「首をかしげたのは忘れたからじゃない」と無理矢理自分を安心させようとした。そうだ、ここで会えると思ってなかったからだ。僕が二班か三班に転属になったと聞かされていたからだ。きっと、絶対そうだ!
「……お前だって俺のこと忘れただろ」
「何言ってるの?」
カサンは眉間にしわを寄せ、上目遣いに少年を見つめた。この迷惑な男子と話すのはこれが初めてだ。確かに全員の顔を覚えるのに想像以上の時間がかかっていて、なんとなく理由は察している。でもやっぱりそれを飲み込むことは出来なかった。今までの経験上、一度はともかく数度話したことがある人のことは忘れるはずがないのだ。
「お前は一班で俺の親友だった」
「えっ」
驚愕して名札を見る。知らない。見上げて顔を見ても覚えにない。全然思い出せない。しかしどうしてだろう、どういうわけかその言葉を否定することができなかった。
「どうせ覚えてねえだろうけどな。最初は信じられなかったよ、隊長の話。お前もだろ。でも御伽噺なんかじゃねえ、俺達は確かにこの世界から消えていなくなるんだ。カミサマが不要品だって言ったらそうなんだ、俺にもお前にも、もう必要としてくれる人なんて……」
目を逸らしていた現実が邪悪な意志を持ってカサンの心を抉った。異動したときよく分からなかった隊長の話は、今なら全て理解出来る。
カサンたちは全員成人を迎えることなく世界から抹消される。
四班はそんな神に切り捨てられた人が集められた場所だ。
先輩のことを覚えていないのは記憶から彼らが消されているからで、タリアードがカサンのことを覚えていないのは彼女の記憶からカサンが消えているからだ。
「なわけない、僕には友達がいて皆がいて隊長がいて……いて……」
忘れるもんか、そんな簡単に忘れるもんか!
「お前はいつもそうやって見たくないものから目を逸らすよな」
悔しくて少年から目を逸らすと必死にメモを取っている元友人が視界の端に映ってしまった。彼女はカサンの視線に気がついてよそよそしく会釈し、すぐ目を逸らして先輩について行った。
「わかっただろ」
親友だという男のことを見る。彼は目の潤んだカサンと似た顔をしていた。彼もタリアードと仲が良かったのだろう。カサンに三人で遊んだ記憶などこれっぽっちもないが、そういうことなんだろう。
「……わかった」
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