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 次の日朝早く、律儀に手袋とブーツを履き、皆とおそろいの正装をしたKが一班を歩いて訪れた。頭と胴体だけが浮いて袖と裾がひらひらはためく姿しか見たことの無い隊員達は、ビシッと決まった隊長の真剣な姿にいつも以上に緊張して一言も発せなかった。

 いつもニヤニヤふざけているのに、こうやってしっかり立つと途端に隊長の威厳が現れる。細い足に支えられた高い身長に見下ろされると余計だ。そして、足の長さは胴体の大きさと比べても全く違和感がない。元々この身長だったのだろう。

 ノックして右手でドアを開け、部屋に入ると胸に手を当て敬礼する。反射的に全員が作業の手を止めて立ち上がりビシッと敬礼を返した。

「……」

 無言で見下ろす眼帯を一同は固唾をのんで見守っていた。空気は息もできぬほど重く、ちょっと動くだけで硬い影が棘となり突き刺さってきそうだ。

「あはははは! 皆さん蝋人形のマネがお上手ですね」

 沈黙を破ったのはその沈黙の元凶だった。一の字に引き締まった口を一瞬にして崩したかと思うと、こらえきれず歯を見せて大笑いした。ぎょっとする部下達に囲まれながらおかしくて腹を抱える隊長の笑い声は壁を越えて隣の部屋まで届き、ドアの隙間から隣の二班の隊員が覗いた。

 しかし、あっけにとられた一同の中で班長ただひとりは不機嫌そうに腕を組んでいた。

「Kちゃん。いい加減にしなさい」

「ははっ、これは失礼しました」

 反省した様子もなくニコリと笑い、口先だけ謝る。そして咳払いし元の真面目な顔に戻ると、先程よりは息のしやすい心地よい緊張感が生まれた。

 自然に立ったKは首を少し動かし隊員達を見渡し、奥の机のそばに立った少年に顔を向けた。目隠しのせいで目は見えないが少年は自分が見られていることにいち早く気がついたようだ。

「カサン、リックから話は聞いていますね」

「は、ひゃい!」

「声が裏返っていますよ」

 遅れてカサンに目が向けられていることに気がつく隊員達。

 隊長直々に隊員の名を呼ぶことはほとんどない。それにカサンは二年前に入隊したばかりの未成年だ。なにをやらかしたのか、なにをやってのけたのか、振り向いた一班の班員は不思議そうに少年の顔を見た。

 当の本人はと言うと、ガチガチに固まっていた。無理もない、隊長はカサンにとって遥かに遠く高い存在だ。面接以来話す機会も顔を見る機会もなかった。優しげな垂れ目をギンギンに開き、隊長の言葉を一語一句聞き逃さないように集中している。

 しかし、Kはじっとカサンに顔を向けていてもそれ以上何も言わなかった。

「なんとか言いなさいよKちゃん」

 セドリックはついさっき眉をつり上げたにもかかわらず懲りずまた意地悪をする上司の態度が頭にきたようだ。赤い長髪を後ろに回しながらずかずかと部屋の奥に行き、石に擬態するカサンの手を取ってKの元へ連れて行き、ギッと上司を睨みつけた。またしてもKはそんなセドリックに「すみませんねぇ」とヘラヘラ笑った。

「……さあ皆、今日からカサンは他の班に転属になるの。急な話でごめんなさいね。カサン、皆に挨拶なさいな」

 小さく息を吸って吐いて怒りを振り払うと、怠慢な隊長の代わりに辞令を一同へ報告する。自分の名前を呼ばれた少年は、カチコチと仲間を振り返った。

 頼れる仲間達の顔を見て少しだけ肩の力を抜いたようだ。少し寂しそうにうつむき、また前を向く。そして仲の良い友人や先輩達との突然の別れに口だけ無理に笑ってみせた。

「はい。先輩方、班長、皆……二年間ありがとうございました」

 年配の隊員が数人、そっと右拳を胸に当てて目を瞑った。カサンと仲の良い若手は突然の話を受け入れられずぎゃあぎゃあ言う。急にごめんなさいね、と肩をすくめる班長の目を見てもう覆されることのないものだと分かると、諦めて先輩と同じように仲間の未来を祈った。

 カサンはちょっと俯いて、見送る仲間達を見ないように回れ右した。

 隊長はずっと真顔で沈黙していた。数百人居る部下のうちたったひとりの所属が変わるだけなのにここまで仲間との別れを惜しんでくれているのか、とカサンは見上げた首をかしげる。少し遠くなってしまうのはとても寂しいことだが、同じ棟に居るのだから会いたいと思えば他の班員にも会えないことはない。

「……隊長?」

「はい、行きましょう。案内しますね」

 困惑して声をかけると、隊長は何事もなかったかのようにふっと微笑した。手招きしながらくるりと回れ右したKに続き部屋を出ると、カサンの後ろで静かに戸が閉まる音がした。

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