第389話悪魔編・偽その78
時間が止まったような感覚だった。
つい先程まで荒げていた空気は鎮まり、まるで無の世界だった。
空気はしんと張り詰めており、どことなく無音に近しい雰囲気だった。
そんな中、ただ一つだけ世界に音がした。
ごーん、という鐘の音。秒刻みで鳴るその音は、一年に一度聴くことになる音。
除夜の鐘。おそらく、瀬柿神社で鳴り始めたのだろう。今頃参拝客で溢れているに違いない。
何故か? それは初詣に来ているからだ。新年の初めに神社にお参りする。俺たちにはそういう風習がある。だからきっと神社には多くの参拝客がいるんだろう。
年を、越した。
新たな年となった。
新年を、迎えた。
普通に考えれば、めでたいことだと思う。今年も一年よろしくお願いします、と。そう考えるのが普通だ。
けれど……今の俺にそんな思考は一切なかった。
場芳賀高校のグラウンド。俺や富士見。それ以外の
それは目の前の存在が結界を張ったことで、他の人間が入れなくなっているからだ。
だけどそれ以前に、この場にはもう1人、人間がいた。いたはずなんだ。
目の前の存在。それは元々人間だった。けれど、今は違う。違うと脳が警告してくる。
髪の毛が真っ白に染まり、その一部が凶器のような形に変化している。
彼女は人ではない。世界に存在することを許されない存在。
悪魔であると。根拠がなくても、証明されていたんだ。
「――――」
少女は言葉を発さない。ただ黙って、その場に立ち尽くしている。本人ですら状況を把握出来ていないのかもしれない。
しかしそれもようやく考えがまとまったのか、次第に表情に変化が訪れ始めた。
「あ、は」
口角は上がり、その瞳には嬉し涙すら浮かんでいる。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」
頬は真っ赤に染まり、髪の毛はウネウネと蠢いていた。それは彼女の喜びを表現していた。
「ワタシ……なれたよ」
ただその存在は、事実を口にする。
「悪魔に」
受け入れたくない。そんな事実でも、それが真実だった。
今目の前にいる存在は、正真正銘悪魔だった。
悪魔を見るのは二度目だが、それでもわかってしまう。彼女が悪魔であるということが。
「そん、な」
思わず重い口を開く富士見。考えていた状況で、これは1番最悪なパターンだ。もうこうなってしまった以上、彼女を止める方法はない。
「無駄話も無駄じゃなかったみたいだね。おかげでいつのまにか年を越していたみたい。ほら、見てよ。ワタシ悪魔になったんだよ。ま、見た目だけじゃさっきとなーんにも変わらないけどね」
その場でくるっと回転する存在。それはかつて人間だった時によくしていた仕草の一つだった。
「魁斗君。君の力……ゴーストドレインには驚かされたよ。まさかそんな力があったなんてね。でもそれももう関係はない。ワタシを止めることなんて……君には出来ないんだから!!」
ゴーストドレイン。その力で彼女を止める。人間に戻す。そのつもりだった。
しかしそれは叶わなかった。彼女が完全な悪魔と化してしまった時点で、それはもう幽霊ではない。だからゴーストドレインで吸収することもできなくなったんだ。
きっともう、彼女に取り憑いていた怨霊も完全に消滅してしまっているだろう。
「は、はは。確かにこれじゃあ……あなたを止めることなんて出来やしない、か」
もはや笑うしかない。完全に手は尽くした。
結局、ただ言いたいことだけ言って失敗してしまった。やりたいことをやる。そんなことばかり言って、俺は再び失敗したんだ。
彼女を止めることすら出来ない奴が、どうやって富士見を守るっていうんだ。
「怪奇谷君……」
富士見はゆっくりと、その体を支えながら俺の隣に並んだ。そして、包み込むように俺の手を握りしめた。
「ごめんなさい。私……風香さんを、止めれなかった」
「富士見が謝ることじゃないさ。俺だって……止めれなかった。こうなっちまった以上……俺たちに出来ることはない」
俺は諦めが悪い。けれど、今回ばかりはどうしようもない。解決法がないんだ。
それに、彼女の目的は俺を殺すこと。どのみち、俺の人生はここで終了することが確定していた。
「でもさ……やっぱりこんなつまんない死に方、したくねぇよな。なあ、富士見。一緒に逃げても……いいか?」
どうせ悪魔である彼女から逃げることは出来ない。それでも俺は逃げたかった。嫌だった。死にたくない。死にたくなかった。
きっと富士見が隣にいてくれるのなら、少しはマシでいられるかもしれない。
けれどそうなると心残りなのは富士見のことだ。
富士見はこれから、殺されることもなく一生彼女の道具として使われる。何度も殺す感覚を味わうためだけの道具として。
ああ――やっぱり嫌だな、そんなの。
なんとかして彼女を止めたい。この状況を覆せるのなら、俺はどんなことだって……それこそ――。
「ごめんなさい。逃げることはできない……いえ、逃げる必要なんて、ないから」
富士見の言葉。それはどこか力強いものに感じた。
しかしそれと同時に、どこか残念そうな……無念を感じるような言葉でもあった。
疑問が残る。どうして逃げることができないのか? いや、どうして逃げる必要がないのか?
富士見には、まだ何か切り札が残されているとでも言うのか?
「強気だね姫蓮ちゃん。でも君に残された力……不死身の幽霊はもういない。例え力が残っていたとしてもね。そんな君に何が出来るの?」
その通りだ。不死身の幽霊こと、富士見祐也はもういない。彼さえ残っていれば、エクソシストとしての力を使うことだって出来たかもしれないのに。
「ええ。私には何もできない。私には、ね」
「じゃあ誰ならワタシを止めれるって言うのさ!? ここにはエクソシストも悪魔もいないんだから! ワタシを止めることが出来る存在なんていないんだよ!!」
彼女の言う通りだ。彼女を止めることが出来る者は存在しない。それがわかっているからこそ、あんなにも勝ち誇った表情が出来るのだろう。
富士見は何か言葉を放とうとした。
しかし、それはある事をキッカケに遮られた。
「
目を、疑った。
いや、だって……おかしい、だろ。
こんなこと、ありえない。ありえるはずがない。ありえちゃいけない!!
だって……だって俺と富士見の前に突然現れた存在。それは見たことがある。忘れるはずもない。忘れちゃいけない存在。
黒のニット。白のロングスカート。
そして、一際目立つ銀髪のロングヘア。
まるで天使のような存在を、決して忘れることはなかった。
「リリ、ス……?」
そんな天使のような悪魔の名を、再び口にする日が来るなんて思いもしなかった。
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