第385話悪魔編・偽その74

 富士見は未だに凶器をくらいつづけている。

 不死身の力があるとはいえ、全くダメージがないわけではない。きっと痛みも感じているだろうし、彼女の心だって有限じゃない。どこかで折れてしまう可能性だってある。

 それでも、富士見は立ち塞がり続けた。


「でもね、風香さん。私だって何もあなたのことを嫌いになったわけじゃないんですよ」


「へぇ、そうなの?」


 風香先輩は小さく微笑みながらも、富士見を攻撃し続ける。


「私はあなたのこと何一つ理解していなかった。けれど怪奇谷君と同じで、頼れるけど胡散臭い先輩であるあなたのことはよく想っていた。それは今も同じ。あなたが私の頼れる先輩だったから……だからこそあなたの真実を知ってショックだった」


 俺は彼女たちの間に付け入る隙が全くない。少しでも手を出せば、俺の体は木っ端微塵になってしまうだろう。


「今のあなたは私の好きな風香さんではない。今のあなたは……私の想像する先輩ではない」


「ふふっ。残念だったね。これが私だよ。今までの私はただの偽物。これが本当の……本物の私なんだよ姫蓮ちゃん!」


 富士見の言葉を否定していく風香先輩。彼女は……彼女はもう、止まらない。


「それでも……! 私たちと共に過ごしたあなたが偽物だったとしても……それをあなたは悪いとは思っていなかったんでしょう!? だったらそれでいいじゃない。偽物でも、私たちと共に過ごす権利はあるでしょ。どうして普通に過ごす道を選ばなかったの? 私たちと一緒に暮らす道を捨て、悪魔になる道を選ぶ必要があったの!?」


「違うよ。違う違うんだよ。私は偽物でありたいとは思わない。本物の私……悪魔になることで私は本物になれるんだよ!! そのためには姫蓮ちゃん。君には私のそばにいてもらわないとね?」


 風香先輩の攻撃は止むことはない。しかし彼女も生き物だ。疲れは存在する。どこか息が切れ始めているように見えた。


「私は……怪奇谷君があなたを引き戻す気があると知って、正直ありえないと思った。ううん、今でも思ってる」


 富士見はふと、そんなことを呟いた。


「だってありえないでしょう? なんで自分が殺されそうになっているのに、その殺そうとしてくる人と話し合ってあわよくば和解なんてしようと思うの? 普通に考えたらありえないわね」


 心底驚愕しているんだろう。富士見の声色がいつになく震えている。


「けれどようやくわかった。私もおかしいけど、やっぱり1番おかしいのは怪奇谷君なんだって。そんな彼があなたのことを引き戻すというのなら、私もそれにかけてみたいと思った」


 ああ、そうだろうな。俺はやっぱりおかしい。そう、自覚している。


「でも……それでも私は、あなたがこれ以上怪奇谷君を傷つけるというのなら……」


 だって富士見は何一つとして間違ったことは言っていない。


「あなたと話し合う必要はない。ただあなたを止める。それが……それが私の、富士見姫蓮のやりたいことなのよ!!」


 富士見はただ、大切な人が傷つくのを見たくない。そのために立ち塞がる。ただ、それだけなのだ。


「富士見……」


「アンタ!!」


 どこからか声がする。ヘッドホンの声だ。


「アタシはな、アンタの気持ちがこれっぽっちも理解できない! けどなぁ、アタシだってアンタとずっといたからわかる。アンタが諦めの悪いやつだってことがな」


 どこかノイズが混じったような声。それはヘッドホン自体が壊れてしまっているからなのか。


「だからアンタがあの女と和解しようとする気持ち。理解できなくても肯定しようと思った。だから好きにさせた。否定したかったけどな。それでもな……これ以上はよく考えろ。話し合いが通用しない相手だっている。やりたいことが通用しない時だってある。アンタがあの女と話続けても……何も解決しないことだってある」


 ヘッドホンの言葉が脳に突き刺さる。

 俺はただ、風香先輩と話し合いたいと思った。それが俺のやりたいことだからだ。

 でも、それを彼女は望んでいない。それどころか、話し合った結果悪化させてしまったようにも思える。

 彼女の心を暴き、それを真実だと受け入れない想いが爆発した。

 その結果がこれだ。

 ヘッドホンは壊された。

 風香先輩はルールを破ってまでして、俺を殺そうとしている。

 そして、何より――。


「アンタの想いは尊重する。けどな、これだけはハッキリさせないとダメだ」


 富士見が風香先輩の攻撃を耐え切れず、地面に倒れ込んだ。その体には、無数の傷跡が残っていた。これから不死身の力で再生するにしても、一度ついた以上それは傷だ。

 直っても、傷だ。傷跡は、残り続ける。

 富士見はそんな傷を、一体今までどれほどつけられたというのだろうか?


「これでわかったでしょ、姫蓮ちゃん。君は所詮私のモノ。逆らうなんて許されないよ」


 そんな彼女を見て、悪魔は囁いた。


「君はこれから先、ずっーと私だけのそばにいるんだから。これぐらいで壊れないでよね」


 まるで、それが当たり前のように告げた。風香先輩は富士見と共にある。いや違う。富士見に拒否権はない。風香先輩のモノとして、道具として、ただその役割を果たすためだけに富士見は存在する。

 それが富士見の存在理由。ただ富士見が、風香先輩に求められる理由。


「アンタ。アンタは――」


 それは、ダメだ。富士見は風香先輩のそばにいるだけの道具ではない。そうであってはいけない。

 彼女は……彼女がいるべき場所は――。


「ふじみーとあの女。どっちの味方でいたいんだよ!!!!」


 そんな、当たり前で答えがわかりきった問い。

 だというのに、俺はこんなにも迷い続けていた。

 けれど、もう迷う必要はない。

 考えるまでもなかった。その答えは目の前にある。目の前の現実から目を背けるな。

 お前が本当に守りたい者はなんだ?

 俺自身か? 風香先輩か?

 違うだろ!! 違うに決まってるだろ!!!!

 俺は……俺が守りたい者は、もうとっくに決まってるだろ。


「富士見の居場所は、俺の隣だ。あなたのモノじゃない」


 俺はようやく、目の前の悪魔に対して敵対心を剥き出しにした。

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