第384話悪魔編・偽その73
目の前で1人高揚する悪魔。彼女は呼吸を荒くしている。ただその純粋な瞳で、真っ直ぐ俺を見つめている。
その次の瞬間だった。彼女の髪の毛……凶器の形へと変化した髪の毛が、一斉に俺へと襲いかかる。
あんなものをくらってしまえば、俺の体は持たない。どれだけ特殊な力を宿していようが、体はただの少年なのだから。
「怪奇谷君!!」
けれどそれを防ぐ者がいた。
ずっと俺の隣で話を聞いていた少女。富士見が俺の前に躍り出て、凶器を一斉に引き受けたのだ。
凶器は次々と富士見の身体を傷つける。しかし彼女は怯むことなく、挙げ句の果てには風香先輩の体を押さえつけた。
「アンタ……! アタシは大丈夫だ……だから、しっかりしろっ!!」
どこからともなく声がする。それは何度も聞いた聞き慣れた声。紛れもないヘッドホンの声だった。
「ふぅん。やっぱりただ壊しただけじゃダメか。さすがは付喪神ってところだね」
俺は気が動転しそうになりながらも、視線を合わせる。風香先輩から少し離れた地面に、真っ二つに壊されたヘッドホンが雑に落ちていた。
それを見ただけでも頭が割れそうになる。けれどそれをなんとか押さえつけ、思考を正常に働かせた。
ヘッドホン……彼女は付喪神であり、正確には悪魔だ。機械が壊されただけじゃ死ぬ……という表現があっているのかはわからない。とにかく彼女という存在が消えてしまうことはなかった。
それだけでひとまずは安心と言えるだろう。だとしてもだ、俺の心は穏やかなものにはなれなかった。
「風香……先輩。なんで……どうしてそこまで」
俺は睨むように風香先輩を見た。彼女は今も楽しそうに、その瞳を輝かせていた。
「どうしてじゃないよ!? 君が言ったんだよ。俺だったら悪魔にならずとも人を殺してるって。だから私もそうすることにしたんだよ。そうすれば私のことを異常な人間だと認めてくれるでしょ?」
言った。けれどそれは俺がそういう思考を抱いていたらの……もしもの話だ。そんなことを鵜呑みにするというのか、この人は!?
「ねぇ魁斗君言ったよねぇ!! 私は異常じゃないって。ねぇどうかな? 悪魔になる前に好きな人を殺したら、それは異常だって言えるよねぇ!? 正真正銘の異常者になれるよね!!」
ああ、そうか。だからそこまでして俺を殺そうとするのか。今まで守ってきたルールを破ってまで。
そこまでして、彼女は異常であることを望んでいる。
「いいかげんにしなさい……! これ以上怪奇谷君を傷つけるというなら……この私が許さない」
先ほどから凶器を一斉にくらい続けている富士見。それでも傷一つなく立ち続けていられるのは、彼女に宿る不死身の力のおかけだった。
「邪魔しないでよ姫蓮ちゃん。君のことは後でたっぷりと遊んであげるから。むしろ君には大事な役割が残ってるんだよ?」
「大事な役割……?」
風香先輩は1人ふふ、と笑う。そして告げた。
「魁斗君を殺した後、私のことを異常者だと認めてくれる役割があるんだから。ちゃんと見届けて欲しいんだ」
俺を殺した後。見届ける役。そんなことを、富士見にさせようというのか?
「ねぇ姫蓮ちゃん。引き受けてくれるかな?」
「バカですね。あなたは大バカです。言っておきますけど、私はあなたのこととっくに異常者だと思ってますよ」
富士見の言葉はいつになく強いものだった。
「私は……ずっと自分のことがおかしい人間だと思っていた。小さい時からずっとそうだった。他人を犠牲にして生きてきたような酷い人間だった。そんな私でも……あなたの思考は理解できない。何より私は……あなたが多くの人や幽霊を利用したことが許せない」
それは俺も同じだ。同じだというのに……富士見と俺の気持ちは、どこか別のモノだと感じ取れてしまった。
「冬峰さんがどんな想いであなたのことを見ていたか……智奈の気持ちを知っていて、それを利用するなんて……あの男の……音夜の人間性を利用したりして……そして何より……何より許せないのは……」
富士見の背中が大きく見えた。それは彼女の想いがあまりにも、大きかったからだ。
「私の好きな人を、殺そうとしているということが1番許せない!!」
富士見は、自身の大切な人たちが傷ついたことを怒っている。だから風香先輩を許せない。
俺は、風香先輩自身の気持ちを知りたかった。俺とは違う人間だということを知りたかった。だから、話がしたかった。
俺と富士見。同じ風香先輩に対して見ている所が違ったんだ。
俺は風香先輩自身に対して。
そして富士見は、風香先輩によって傷つけられた人たちを。
だからこんなにも、想いが変わっているんだ。
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