第383話悪魔編・偽その72

 俺は壊れている。だから風香先輩とは違う。

 正常な思考を抱く風香先輩とは、違った人間なんだ。


「俺は……自分でもおかしな人間だって自覚がある。今までも……これからもそうだ。そうじゃなきゃ……あなたと話し合いたいだなんて考えもしない」


 悪魔になりたい少女。人は……世界は彼女を許さないだろう。一刻も早くこの世界から退場することを願うはずだ。

 それでも俺は嫌だ。嫌だったんだ。


「俺はあなたが1人の人間として好きだった。それは異性的な意味じゃなくて、面白い人として好きだったんだ。どこか頼れるけど胡散臭い先輩。そんな風香先輩だから好きだったんだ」


 初めて会った時から、俺は風香先輩のことを変な人だと思っていた。けれどそれは悪い意味ではなく、むしろいい意味でだった。

 俺が好き好む人間とは、どこかおかしい人間なのだから。


「けれど今の風香先輩は違う。やりたいことをやってる? 違うな。確かにソレはあなたのやりたいこと、なりたかった姿なのかもしれない。でも……それでもあなたの心の奥底では……俺たちと過ごす日常。そんな日常を忘れられずにいるんじゃないんですか?」


 ただ悪魔になりたいだけなら、俺たちと親しくする必要はない。もちろん計画のための作戦でもあると思う。そんなことは百も承知だ。

 それでも俺はあえて言う。風香先輩は俺たちと共に日常を過ごせて、楽しかったと感じていたと。


「でも自身の欲を抑えることは出来ない。だからそっちを優先させただけのこと。だから悪魔化ソレも正真正銘、あなたのやりたいことなんだ。どちらかを選ぶ。そんなことは出来ない。自身はイカれた人間だと決めつけていたから……異常な人間でないといけないと思ってしまったから。だからあなたは強引にでも悪魔になることを望んだんだ。もう、後戻りできないって思ってしまったから」


 風香先輩は俯いたまま動かない。ただ黙って俺の言葉を聞き続けている。


「でも、まだだ。まだやり直せる! だって風香先輩はまだ誰も殺していない。そう、殺してないんだよ。例えどんなにそんな気持ちがあろうが……人を殺したいなんて思っていたとしても……まだ引き返せるんだ」


 まだ誰も殺していない。けれど傷をつけたのは事実だ。利用したのも事実だ。

 それでもまだやり直せる。俺はそう信じている。


「傷なんていくらでも作れる。それでも直せるんだよ。受け入れるのに時間はかかるかもしれないけど……それでも俺はあなたを受け入れる。だから……だから!!」


 俺は彼女に殺されそうになっている。

 俺の好きな人間をおもちゃにしようとしている。

 だと言うのに……それでも俺は――。


「もう一度……俺の先輩になってください。人間として」


 風香先輩には、ただ俺の先輩であってほしいと願ってしまうんだ。


「怪奇谷君……」


「アンタ」


 富士見とヘッドホン。2人はただ黙って俺の言葉を聞いていた。

 考えてることは違うかもしれない。2人は風香先輩を許すべきじゃないと感じているかもしれない。

 だとしてもだ。俺は、風香先輩を受け入れたいんだ。

 それが、俺のやりたいことだから。


「魁斗君」


 俯いたままの風香先輩が、酷く小さな声で呟いた。


「風香先輩。俺は――」


 俺は彼女の身体に無意識に手を伸ばしていた。彼女の身体に触れれば、ゴーストドレインの力で吸収することが出来る。そうすれば彼女の悪魔化を防ぐことが出来るはず。

 そう、思っていた。

 けれど、それは、叶うことはなかった。


「あ――」


 瞬間、俺の視界に何か真っ直ぐ線が引かれたように見えた。

 何かが切れた……? だとすれば俺の体……? そう思うのが自然だろう。目の前で何かに斬られた跡があるのだから。

 けれど俺の体からは血など出ていないし、痛みも感じない。

 じゃあ、これはなんだ?

 どうしてこんなにも俺の体はジワジワと熱くなっている?

 まるで何かに力が吸い取られているかのような、生命の危機を感じるような……そんな違和感を覚えた。

 そして、ソレは視界に入った。

 真っ二つに斬られたのは人ではない。モノだ。ソレはモノだった。

 だというのに。ただのモノだというのに。

 どうして、どうして? こんなにも俺は。


「ヘッド、ホン……?」


 目の前で真っ二つに斬られたヘッドホン。それをただ傍観することしかできないんだ?

 どうして? なぜヘッドホンが?

 決まってる。彼女は俺を守ったんだ。どういうわけか、彼女はその体を動かしてみせた。そうやって、俺のことを守ったんだ。

 では、何から?

 ヘッドホンは一体俺を、何から守ったというんだ?


「ああ――もういいよ」


 それと同時に。再び声がする。

 酷く小さな声。それでいて酷く深く暗い声だった。全てを諦めてしまったかのような。そんな絶望的な声が。


「君は私の理解者になってくれると思っていたのに。きっと私のことを好きになってくれると思ったのに。君は、私のことなんにもわかってないんだね」


 彼女の髪の毛が、凶器の形へと変貌していく。

 ナイフ、包丁、鎌、ノコギリ、チェーンソー、ハサミ、カッター……次々と変わるそれは、まるで地獄のようだった。


「今の私が異常じゃないって言うんなら……君がそう言うんなら……!! だったら今すぐにでも異常になってあげるよ!! 今この場で君を殺して、君と対等になってみせるよ!!」


 真っ白な髪をした悪魔は、頬を真っ赤に染めながら、本当に楽しそうに告げた。

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