第382話悪魔編・偽その71

 俺は昔から諦めの悪い男だった。

 何度失敗しても挑戦し、何度も立ち上がった。

 その結果、俺はその行為を無駄だと感じてしまった。こんなことには何の意味もない。諦めも肝心だと。

 そうして俺はつまらない人間になった。

 世界に何も求めず、俺はただ退屈な日常を過ごすだけの機械となった。

 けれどそんな日々を変える出来事があった。

 忘れもしないあの日。

 1人の女と出会ったあの日。

 1人の悪魔と出会ったあの日。

 俺はあの日あの時、人はこんなにも笑顔になれるんだと知った。

 だからそんな笑顔が見たい。再びいつの日か、銀髪の彼女が浮かべた笑顔をまたこの目で……。

 そう。俺はただ助けたいから助けた。彼女の笑顔が見たいから助けた。それは彼女が求めたことではなく、俺がただやりたいから望んだこと。

 俺はただ、やりたいことをやっただけの人間。

 それがたまたま世界に許されているだけの人間なんだ。いや……本当は許されてなんかいないかもしれないけど。

 けれど俺の人生は明確に変わった。俺はあの笑顔を見るために、自身が宿す力を使って誰かのためになりたい。そう思ったんだ。

 そして、俺は富士見に出会った。まるで運命ともいえるような出会い。俺は初めて会ったあの日……あの瞬間に、富士見姫蓮という女に一目惚れしていた。

 富士見は、イカれていた。頭のネジが外れた人間だった。

 俺はそんな人間に惹かれた。

 だってそうだろう? 風香先輩も言っていたじゃないか。

 富士見は俺と同じイカれた人間。だから惹かれたんだ。

 俺は富士見が好きだ。彼女と共にいたいと感じていた。彼女と共にいると、さまざまな事件が巻き起こった。そして次々と起こる事件を解決しようとした。それがたまたま俺のやりたいことだったからだ。

 きっと選択肢はたくさんあったと思う。

 冬峰のことを浮遊霊と知った段階で吸収していたら、彼女は苦しむことはなかっただろう。

 恵子や姉ちゃんと過去に約束なんかしなければ、それに縛られることなくあの2人は平凡に過ごせたかもしれない。

 同志先生のことを止めなければ、あの時オーディションに向かって……もしかしたら彼女の夢を叶えていたかもしれない。

 智奈の想いを受け、付き合う選択肢を取っていたら……彼女は今日という日まで苦しむことはなかったかもしれない。

 けれど、俺は俺が選んだ答えを否定しない。

 俺は冬峰にまだこの世界にいて欲しいと願った。だから力を使わなかった。

 俺は恵子や姉ちゃんと別れることが嫌だった。だから嘘になるかもしれないような約束をした。

 俺は同志先生に傷ついて欲しくなかった。だからバスに乗り遅れてでも、彼女を止めた。

 俺は智奈と付き合いたくはなかった。悪魔の契約関係なしに……だって俺には、とっくに好きなやつがいたんだから。

 これらは全て、俺がやりたいからやったことだ。

 それが正義とか悪とかじゃなく、ただやりたいからやった。

 だから俺は……もしも俺がやりたいことが、世界に許されないことだとしても……。

 例えば、人を殺したいと願ってしまったのだとしても。

 きっと俺は実行する。それが俺のやりたいことなんだとしたら、俺は躊躇わずにやってしまうだろう。

 だから俺は壊れてるんだ。自制する感情がない。

 ただやりたいことをやるだけの機械。まるで風香先輩とは違う。正真正銘の異常者なんだ。

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