第380話悪魔編・偽その69

 俺と風香先輩は同じ。

 俺もそう思っていた。いや、まだそう思っている。

 考えていることは違えど、根本的な思考回路は同じだと思うからだ。

 俺たちはただ、自身のやりたいことをやるだけ。

 だから同じ。そう思っていた。


「でも魁斗君だってやりたいことをやっているだけだよね? それは私と同じじゃない? 私だってそうだもん。ただ人を殺したいからやるだけ。私がやりたいからやるだけ。魁斗君と同じ。魁斗君もただ助けたいから助けた。ほら、私と変わらないじゃん。それでも姫蓮ちゃん。君はまだ私たちは同じじゃないって言えるの?」


 風香先輩の言葉が俺に突き刺さる。

 俺はただやりたいことをやってきた。それが正義とか悪とかじゃなく、ただ俺がやりたいからやってきただけなんだ。

 きっとそれは風香先輩も同じ。

 俺たちはたまたま、目指す場所が違っただけの似たもの同士。そう、思わざるを得なかった。


「ちげぇだろ。そもそもお前の場合は考えが常識的じゃない。人間を殺すために悪魔になる? そんな馬鹿げた考えコイツには思い浮かばねぇよ!」


「そうかな? じゃあ1つ質問をいいかな魁斗君。もしも姫蓮ちゃんが何らかの理由で死にかけたとしよう。それを救う方法が悪魔になる……という方法だったとしたら? 君はどうする?」


 それは――。


「答える必要はないわよ。そんなのずるい質問だわ。そんな問い、怪奇谷君じゃなくても誰だってYESと答えるに違いない。好きな人を救うためだったら……人はどれほど残酷なことでも……出来る。それが人間というものなのよ」


 富士見の言葉に間違いはない。好きな人を救うためにはなんだって出来る。それは誰しもが抱く感情の1つだ。

 それは俺も同じだ。富士見を助けるためなら、どんなことだって出来る自信がある。


「風香さん。そういうあなたこそどうなの? あなたは自身の大切なものを守るために、何かを犠牲する覚悟はあるの? 自分の手を汚してでも守りたいものってあるの?」


 富士見の問いに、一瞬目を瞑ると……ゆっくり開いた。


「ないよ。そんなもの。私にはみんなと違って守りたいものなんてない。大切なものなんてない。私にあるのは最初からだけ。他の何もいらない。私はただ、私がやりたいことをするだけなんだから」


 そう告げる風香先輩の表情は、まるで冷たい世界に閉じ込められてしまっているかのようだった。それが当たり前と言わんばかりに。

 その表情を見て、何かおかしいと感じた。


「これでわかったでしょ? 私は異常な人間。誰にも理解されず、好かれることもない。私はただ私のやりたいことをするだけの機械。それでいいんだよ。それが私が私でいられる唯一の……方法なんだから」


 誰にも理解されず、好かれることもない。

 ただやりたいことをするだけの機械。

 それでいい。

 それが風香先輩が風香先輩でいられる唯一の方法。

 風香先輩という人の全て。俺と同じ、イカれた人間。

 そう……同じ。


「は、はは」


 だけど。


「怪奇谷君?」


 それは、違う。


「はははははははははははははははははは!!!!」


 馬鹿げている。そんな感情が堪えきれず、思わず大笑いしてしまった。


「……何かな? その顔は。君、ちょくちょく人を小馬鹿にする表情するよね?」


「いや何。俺は多種多様な表情を持つ人間らしいんでね。不快な気持ちにさせたなら謝りますよ風香先輩」


 そんな俺の言葉を聞いてムッとしたのか、頬を膨らます風香先輩。


「気に入らないね。それともあれかな? 壊れちゃったとか? いや、ないね。君ほどの人間がそうそう壊れたりはしないはずだよ」


「いや、案外いい線いってるかもしれないですよ。俺、元々壊れているようなもんですし」


 俺は自身の頭を軽く叩いた。その様子を隣で不思議そうに富士見が見つめている。


「怪奇谷君……大丈夫?」


「心配すんな。俺はいつも通りだ。ただちょっと気づいたことがあってさ。それに気づいたらなんだか色々とバカバカしくなってさ」


 それは本当のことだ。今まで気づけなかったことに気づいた。その瞬間、俺の中で1つの回答を導き出せたんだ。


「ふーん。それは私と魁斗君が同じってことに気づけたってことでいいのかな? 全く、ようやくかよー。気づくのが遅いよ。これで私たちも相思相愛ってことになるねぇ」


「バカ言わないでください。俺とあなたは相思相愛なんかじゃない。それに俺たちは同じじゃない」


「へぇ、どうして? こんなにも共通点があるのに? 異常なのに? おかしいのに? イカれているのに? どうして同じじゃないっていうの?」


 そうだろうな。誰がどう見ても同じかもしれないな。ついさっきまで他の誰でもない俺がそう感じていたんだから間違いない。

 けれど……それでも違うと断言できる理由が出来た。


「ははっ……そもそも違うんだよ。俺と風香先輩は。根本から違う。確かに俺は異常だ。あなたと話し合いの余地があると考え、助けるべきでない存在を助け、こんなにも頭のネジが外れたぶっとんだ人を好きになっている。それぐらいに俺はイカれてるよ」


「だったら――!!」


「だけど俺とあなたは違う。だって――」


 そう。俺はイカれている。

 それでも俺と彼女は違うと断言できる。

 何故なら――。



 そんな、誰も予想しないであろう言葉を、堂々と告げた。

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