第379話悪魔編・偽その68

 風香先輩は1人笑い続けている。

 余程神さまに脅威として認められたことが嬉しいのか、その表情はどんどん砕けていく。


「でもさぁ。勝手に人の記憶を盗み見るなんてどうかと思うよ? プライバシーってものはないのかな?」


 それに関しては何も否定できない。俺たちは風香先輩の許可なく勝手に記憶を覗いたんだから。それを怒るのは当然のことだと思う。


「……それに関しては謝るつもりでした。俺たちはあなたの記憶を勝手に覗いた。そのことに関しては申し訳ないと思っている」


 そればかりは紛れのない事実。本心で思っていることだ。


「けれど俺はこのことを後悔していないし、当然の権利だとも思っている。あなたのことを知らないで勝手に色々言うつもりは元々なかったんだからな」


「第一、殺されそうになってるんだから知る権利はあるでしょう。怪奇谷君からすれば、理由もわからないのに殺されそうになっているようなものなんだから」


 俺が殺されそうになっている理由。

 それは好きな人を最初に殺したいと思っているから。

 では、どうしてそんな感情を抱くようになってしまったのか? それを知るためには彼女の全てを……原典をしる必要があった。


「うーん、まあそれは言えてるかも。私も魁斗君と同じ立場だったらそう思うかもね。うん、確かに」


 風香先輩は納得したのか、その場で首を縦に振った。


「それに考えようによっては、説明が省けてよかったとも捉えられるねぇ。だって、もう知ってるんでしょ? 私の過去。全て。私がどんな人間で、どんな想いを抱いて、どれだけ……イカれた人間だったってことを」


 そう。知っている。

 安堂風香は決して普通の人には理解出来ない思考を抱いた、異常な人間だということを。

 異常な考えを持ち、異常な行動をとる。

 異常な、イカれた人間だということを。

 誰しもが、そう思うだろう。

 けれどどこか……妙な違和感を覚える。

 俺には何かが引っ掛かっている。それがなんなのかはまだ気づけずにいた。


「ねぇ魁斗君。私と君は同じなんだよ。だからさ、わかるでしょ? 君なら私の気持ちが。私と同じように頭のおかしい君なら。この私のことを……理解してくれるでしょ?」


 怪奇谷魁斗と安堂風香は同じ。頭のネジが外れた人間。

 俺と彼女は同じだ。そう彼女は訴えかけてくる。俺はその言葉に思わず同意しそうになる。

 俺はかつて、悪魔を助けた。この世界に存在することを許されない存在。そんな悪魔を助けた。

 理由は単純。俺がただ助けたかったから。俺がそうしたいと思ったから。

 俺が、やりたいことをやっただけだ。

 風香先輩は生き物を……人を殺したいと思った。そのためには人間のルールが適応されない存在になる必要があった。

 だから悪魔になった。そうしてやっと、自身のやりたいことができるようになった。

 だから風香先輩は、これから自分のやりたいことをやる。

 俺と彼女は同じ。ただ自分のやりたいことをやるだけ。そんな彼女が俺に親近感を湧くのは当然だ。

 初めてだったんだろう。異常な思考を持つ自分のことを、理解してくれるかもしれない人間に出会ったのは。


「違うわね」


 けれど、そんな俺たちを否定する人間がいた。


「前にも言った。あなたと怪奇谷君は同じじゃない。彼は……あなたほど異常な人間ではないわ」


 富士見は俺を見ることなく、ただ風香先輩だけを見つめて言葉を告げた。


「へぇ。でもそれってどうなの? あなたほど、ってことはさ。魁斗君のことも多少なりとは異常だと思ってるってことでしょ? いいのかなぁ? 好きな人のことをそんなふうに言っちゃって」


 それはもちろん普通の人であれば傷つくだろう。

 言い方を変えれば……『あなたは犯罪者よりはマシよ』みたいなことを言われているようなものなんだからな。普通に考えればロクなセリフではない。


「ええ。怪奇谷君は異常よ。あなたのような人とまだ話し合いの余地があると思っていることや、この世界に存在するべきでない悪魔や幽霊を助けようとしたり……何より――」


 富士見はこちらを一才見ない。けれど握っている白くて小さな手のひらが、より一層強く握り返してきた。


「こんなイカれた人間である私のことを好きになっている。これが証拠よ。怪奇谷魁斗という人間は、私なんかを好きになるぐらいにイカれた人間っていう決定的な証拠がね」


「富士見――」


 彼女の瞳は輝いている。今までに見たこともないような、希望を見つめているような輝きを見せていた。

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