第378話悪魔編・偽その67

 場芳賀高校の中はいつもと違った。

 それはこんな夜遅くに勝手に入り込んでいるからだ。

 と、言いたいところだがそれが原因じゃない。もっと根本的な原因が存在する。

 俺たちの目の前に立ち塞がる存在。真っ白な髪をしたその存在は、楽しそうに目を輝かせながらこちらを見ていた。


「2人ともぉ、いつの間にそんなにラブラブになったんだい?」


 その存在は本当に楽しそうに目を輝かせている。だというのにそんな彼女の瞳を見つめていると、体の奥底から恐怖という感情が湧き出てくる。


「俺たちは元々ラブラブですよ」


「はぁ!? ちょっ、何いきなりわけのわからないこと告げてんのよ!?」


 あまりにも自然な俺の答えに、思わず叫び声を上げずにはいられない富士見。うん。なんだかこういう反応は新鮮だから少しだけ楽しい。


「へぇ、そう。それで? わざわざイチャイチャアピールをするためだけに私の前に現れたわけじゃないよね? 何をしに来たのかな?」


 言葉に棘はあるが、表情は変わらない。いつもと同じ。普段と全く変わらない彼女のままだ。


「あなたを止めに来た」


 いたってシンプルな返答。しかし明確な回答とも言える。俺たちが言えることはただ一つ。あなたを止め来た、ということだけだからだ。


「でも、俺はまだあなたと話がしたい。あなたの声で、直接想いを聞かせてほしい」


 これは誰しもが想像する事象だと考える。

 彼女は――安堂風香はもう手遅れだ。

 話し合いの余地などあるわけがない。

 ああ、そうさ。そうだとも。そんなこと、俺だってとっくに理解しているさ。何せ彼女の記憶を覗いたんだからな。何もかも理解している。

 それでも、それでもだ。


「話さないよ。私のことを話しても何の意味もない。君が知る必要はないんだよ」


「ある。俺はあなたに殺されそうになっているんだ。だから知る権利がある。それは当然のことでしょう」


 風香先輩はやれやれと手を挙げた。


「全く……君は本当に諦めが悪いんだねぇ。大体私の話を聞いてどうするの? もしかして私と話して同情でもしてくれるの? それで私が悪魔になることを辞めるとでも思ってるの?」


 心底くだらないと思っているのか、呆れた表情で告げる。


「だとすればそれは意味のない行為だよ。私の想いは変わらない。だってこの18年間、ずっと抱いていた感情だよ? それを今更君ごときの言葉で変えられると思っているの? 例えそれがどんなに好きな魁斗君や姫蓮ちゃんの言葉であっても無駄だよ。いや……むしろ好きだからこそ。好きだからこそ君たちの言葉は受け入れない。君たちは私の理想通りのまま殺すんだから」


 きっぱりと俺の想いを否定する。そんなことも理解していた。彼女の想いはとっくの昔から完成されている。それを崩すことなんて出来ない。

 けれどそれは、俺が何も知らない場合の話だ。


「そうね。あなたは私たちに何も話さないでしょうね。でもね、私たちはあなたのことを知っている。不安堂風香」


「……」


 富士見はわざと、彼女の本名を告げた。その言葉を受け、露骨に目つきが悪くなった。


「あなたの父親がエクソシストである不安堂総司であることや、幼い頃に昆虫や動物を殺すことに夢中になっていたことや、母親が殺されて……殺した父のことをだなんて感じたことも……怪奇谷君に惹かれたことも、この街で企んだ計画のことも、全部知ってるわよ」


 そう、俺たちは全部知っている。

 占い師こと、北の神さま。彼女の力で俺たちは風香先輩の過去を追体験するような形で、記憶を覗いた。

 だから富士見が言った通りだ。俺たちは風香先輩のことを知っている。勝手に知ってしまった。


「……なに。どういうこと? いくらなんでも知り過ぎだよね? どうしてなのかな?」


 さすがの風香先輩も想定していなかったのか、表情こそ無表情だが、声に怒りのようなものを感じる。


「瀬柿神社の神に協力してもらったんだよ。お前みたいな偽物の悪魔を倒すためにな」


 今度はヘッドホンが堂々と告げた。もちろんこのことも告げる予定だった。だからそれは何も問題ないのだが……どこか居心地の悪い感覚に陥った。


「神……? は、はは。何それ。私ったらそんな大層な存在すら敵に回してるっていうの? あ、は。アハハ!! 何それすごいねぇ! 私やっぱり悪魔の才能あるんじゃない?」


 風香先輩は理解しているのか、あるいは理解出来ずに気が動転しているかわからない。けれど唐突に笑い出し、体を大きく揺さぶった。まるでフラダンスを踊っているかのように、笑いこけていた。


「だってさぁ! 神が私のことを脅威と認めたから! 危険な存在だと認めたから! だからわざわざ君たちに力を貸したんでしょ!? それってさ、もう私が悪魔になることは確定しているようなものじゃん!!」


 その事実が余程嬉しかったのだろう。その瞳には涙すら浮かべていた。

 彼女は悲しくて泣くのではない。

 嬉しくて、嬉しくて。本当に嬉しいのだろう。

 だからこそ、そんなにも明るい笑顔を浮かべながら涙を流せるんだろう。

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