第376話悪魔編・偽その65
ここまで来るのにだいぶ時間がかかった。
私は18年、ただの人間として生きた。生きなければならなかった。だから必死に生き続けた。本当の私自身を偽り続けて。
でもそれももうおしまい。私の偽りの人生は終了し、ようやく本物の人生を歩める。私らしく、私だけの人生。私の物語はようやく本編へと進んでいくんだ。
「あー。星が綺麗だなぁ」
私は場芳賀高校の屋上に寝そべりながら、ただ1人星空を眺めていた。学校の屋上なんて初めて入ったけど、誰もいない学校に侵入すること自体なんだか悪いことしてるみたいで少し気が引けるね。ま、今更何を言ってるんだって話だけど。
私は自身の髪の毛に手を触れた。その髪は真っ白に染まり、私が人間から外れた存在へと変化し続けていることを証明していた。
これも父から聞いた話だけど、悪魔はそれぞれ独特な髪色をしていることが多いらしい。人間の髪色といえば日本人なら黒髪が多いよね。海外なら金髪や茶髪だってある。
そんな人間から離れた髪色をした存在が多いんだって。もちろん黒髪の悪魔がいないわけではないらしいけど。
そして私の髪色は白く染まった。今まで真っ黒に塗りつぶされていた私が、まっさらになったんだ。1から……私の新たな物語をスタートさせるために。
「ふふ。どんな星よりも私のこの真っ白な髪の方が綺麗だよね」
何者にも染まらない私の髪。それはどんな星よりも美しく私の目に映った。
本当に……長かった。私はようやく私のやりたいことができる。後少しで、それが実現できる。
時刻は夜の23時をとっくに過ぎている。場芳賀高校の周辺に人は誰1人としていない。
今日は大晦日だ。それぞれが年越しを迎えるために日々を過ごしている。ゆっくりと家で年越しそばを食べたり、初詣に行ったり、初日の出を見に行ったり。
そんな当たり前の生活を、今年という年が終わるその瞬間を、必死に生きている。
私はそんな中、たった1人で誰もいない学校に身を潜めている。
私という私が本物になるために。本物のワタシに……悪魔になるために。
「ららら〜」
ただ意味もなく口ずさむ。これになんの意味があるのか。それはなんとなく理解していた。
やっぱりなんだかんだで、少し寂しかったんだと思う。
私はこの街に来て、色んな人に出会った。きっと私のことをよく思わない人もいただろうし、嫌われていた可能性だってある。
それでも、私にとって大切な人と出会えて過ごせた日々であったのは間違いない。
それはこの街に来なければ得られなかった感情だ。今までの私からすればありえないことだった。誰にも愛されず、好かれたこともないような私が。初めて、誰かに興味関心を覚え、好きだという感情を抱く事が出来たんだから。
だからこそだ。私はこの人間として最後の瞬間を、たった1人で過ごすのが妙に寂しいと感じた。
だってそうでしょう? 私が人間でなくなってしまえば、もう今まで通りの日常は送れない。なんだかんだで楽しかった日々に戻ることはない。
私はただ、私のやりたいことをやるだけの機械のような存在になるんだから。
「……なに、それ」
そんなの、おかしいよ。
今感じた思考は余計だ。
私は私のやりたいことをする。それでいいんだ。そのために私はここまで耐えてきた。たくさん計画も練った。色んな人を、幽霊を利用してきた。
全部全部、私自身の欲のためだ。それを今更、後悔なんてするはずがないでしょう。
そうだ。私はただ私のやりたいことをするだけ。頭のおかしいイカれた存在。何も間違っていない。これが正しい。本物の私。これが、ワタシなんだから。
「……あれ?」
そんな思考を巡らせていた時だった。この場芳賀高校に何者かが侵入してきた。
現在、この場所には結界を張っている。間違っても普通の人が入ってくることはない。入れる可能性がある存在があるとすれば……イレギュラーな存在、あるいは霊的存在や専門家などが挙げられる。
専門家……除霊師は傷ついて動けない。姫蓮ちゃんのご両親だったらあり得なくはないけど……彼らは私のことをまだ把握出来ていないはず。
だとすれば……もはや限られた人しかあり得なかった。
「1、2……3……そう。やっぱり来たんだね」
確認出来た存在は3つ。2人の人間と、1人の存在。それが誰であってなんのためにここにやってきたのかは一目瞭然だった。
私は立ち上がり、屋上から校門の方へと視線を向けた。首にヘッドホンをかけた少年。そしてそんな彼としっかり手を繋いだ少女。
そんな2人の人間は、その姿を堂々と晒し、ただ一点を見つめていた。
「ふ、ふふ。なぁんだ。ちゃんと、わかりあえたんだね。よかったよ」
魁斗君、姫蓮ちゃん。君たち2人は愛し合っているんだね。私はそんなこととっくに気づいていたよ。なんだって2人のことが大好きなんだから。大好きな2人のことを理解していないわけないでしょ?
だから……私は嬉しいよ。ちゃんと自分の気持ちに向き合った2人が。そして何より……何よりも嬉しいのが。
「これでようやく、心置きなく殺すことが出来るね」
2人の気持ち。それが満たされたのだとすれば、ようやく心置きなく私はやりたいことを成し遂げられる。だってそうすれば、姫蓮ちゃんはもっと絶望してくれる。そんなの、きっと気持ちいいに決まってるよ。
私は屋上から飛び降り、校庭のど真ん中に舞い降りた。力を制御したので砂埃が舞うことはなく、自然と綺麗に着地することができた。まるで、空から天使が舞い降りたかのように。私は優雅に彼らを見つめた。
「魁斗君、姫蓮ちゃん。来てくれたんだね」
でも、本当はそんなことよりも。私はただ、嬉しかった。
たった1人で過ごさなくていいということがわかって、それが何よりも嬉しかったんだ。
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