第375話悪魔編・偽その64
日付は変わり、12月25日を迎えた。
私は来遊市の外でただその時を待ち続けた。師匠からのメールで、大除霊の時間が10時からということはわかっていた。きっと今頃、来遊市に属する4つの神社で除霊師たちはスタンバイしているんだろうね。
大除霊。街に存在する幽霊全ての除霊。当然この儀式を行なって、全てが解決するわけではない。来遊市という街自体の根本は何も変わらない。今後も特殊な幽霊は産まれ続けるだろうね。
それでも一時的にあの街から全ての幽霊が存在しなくなる。私はそんな場所に再び帰らなければならない。彼を殺すためにね。
大除霊成功のためには大掛かりな準備が必要だ。失敗は許されないし、ありとあらゆる場面で慎重に行なっているはず。となれば、霊能力者の結界も当然用意されているだろうね。
そんな場所に私は帰らなければならない。結界がキャッチするのは幽霊ピンポイントではなく、あくまで霊力を捉えるというもの。きっと私が街に入り込めば、その存在は間違いなくバレてしまうだろうね。
それでも私は帰らなければならない。彼女を私のモノにし、彼を殺す。そのためにはいち早く悪魔にならなければならないんだ。
その効率を考えると、やはり来遊市でないとダメだ。尚且つ神社……あるいは来遊市の中心部で力をつけるのが自然だと思う。
「……やっぱり、やるしかないよねぇ」
私は現状、悪魔と人間の境目のような状態だ。
きっと大除霊の影響も受けるし、ゴーストドレインで吸収もされるだろうし、除霊師の除霊も効果はあるだろう。
であれば私にとって今脅威と言える存在。それは除霊師だ。明確に私と戦う事が出来る存在だからだ。
まあ正確にはエクソシストか悪魔が1番の天敵だけど……エクソシストはまずこの街にいないし、悪魔もいるはずがない。だから除外ね。
と、そんな除霊師は現在街に4人いる。その4人を戦闘不能状態にさせる必要がある。それは当然……私の師匠も含まれる。
「風香……? お前、なんだって急に……!?」
そんな考えを抱きつつ、時はたった。
私は瀬柿神社へと舞い戻り、目の前には一仕事を終えた師匠の姿が。
「えへへ。すいません、今までご心配をおかけしましたー」
「全くだ!! いや、それよりも……風香、お前は大丈夫なのか? 音夜を追っていたと言ってたが……」
師匠は純粋に私のことを心配しているのか、慌てて私の元に駆け寄る。そんな彼を私は、ただただじっと見つめた。
「大丈夫です。私はもう、大丈夫ですよ」
私は笑みを浮かべながら告げた。
「そ、そうか。ならいいんだが……まあ、見ての通り大除霊は無事に完了した。これでこの街に存在する脅威はいなくなった。しばらくはこの街も安泰だろう」
師匠は私に背を向け、携帯を取り出した。結果を報告しようとしているんだろう。
師匠は完全に油断している。私がこうして背後からその体を狙っていることなど、まるで気にもしていない。気にするはずがなかった。弟子が師匠を傷つけるはずがないと、そう信じ切っていたから。
「……」
私の髪の毛……その先端がナイフの形に変形する。それらを一斉に師匠の背中へと向けた。
しかしあと一歩のところで動き出せない。
何を、迷っているの?
今更後にはひけない。私はもう人間を捨てた。ここまで来て後戻りなんて出来ないし、するつもりもない。
私は……悪魔になるんだ。私のやりたいことをやるために。そのために――!
(ダメ……あなたは……そんな、ことを――)
まただ。また脳内に声が響く。
(あなたは……ほんとう……やりたい――)
静かにしてよ。私はただ、私のやりたいことを、したいだけなんだから!!
「うる、さいな」
ただポツリと、自分でも驚くぐらいに低くて小さな声をこぼした。
その瞬間だった。私の意思だったのか、それはハッキリと覚えていないけど、師匠の姿を見ることなくその体を引き裂いていた。
ズタズタとその体をナイフの形に変形した髪の毛で切りつける。師匠はその場に倒れ込み、全身からは真っ赤に染まった血が流れ始めた。
「な……ふ、風香……? こ、これはどう……」
師匠はあり得ないものを見てしまったかのような表情で、ただただ私を見つめた。
そんな師匠の姿を見て、私の中で全てが壊れた。もう戻れない。私はただ、私の願いを叶えるだけ。ただそのために、私は突き進むしかないんだ。
「脅威はいなくなった……果たしてそれはどうでしょうか!?」
私は髪を震わせ、大きく笑った。笑って笑って、笑い尽くした。こんなにも……師匠と慕った人間を傷つけて大笑い出来るなんて、やっぱり私は普通じゃないね。
頭のネジが外れた、どうしようもなく普通じゃないイカれた存在なんだって。
「残る除霊師はあと3人。それが終われば……」
他の除霊師は外部の人間だ。けれど念のためだ。もしかしたらしばらくはこの街に残り続けるかもしれないし。
「ま……て。ふ、ふう……」
全身ボロボロに傷ついた状態で、師匠は必死に私を呼び止める。もう意識も持たないだろう。急所は外しているから死ぬことはない。ただしばらくは体をまともに動かすことは出来ないはずだ。
私にはまだやるべきことがある。次のターゲットを目指して。
「ごめんなさい。次会った時はちゃんと殺してあげますから」
そんな聞こえているかどうかわからないぐらいの小さな声で呟いた。それとほぼ同時に私は空中に飛び立った。
宙を舞い、しばらくしたら外湖神社が見えてきた。師匠からの情報が正しければ、そこにはフリーの除霊師である翔列ヘルという少年がいるらしい。
全く見ず知らずの人間だけど、除霊師である以上私の敵だ。彼のことも止めなければならない。そう思い私は外湖神社に向かっていたんだけど……。
「ッ!! あ、あれは!」
目を疑った。いや、別にそれを見ても何も不思議なことはないし、ありえない話ではない。
だというのに今の私にとってはその出会いがまるで奇跡のように感じた。
富士見姫蓮。私が愛する人間の1人。
彼女はただ1人、カレーパンを食べていた。まるで何か悲しい出来事があったかのように、彼女の頬をつたう涙が全てを語っていた。
ああ、そうなんだね。
きっと姫蓮ちゃんは外湖神社で全てを見たんだろうね。きっとその場には紅羽ちゃんもいて、きっと魁斗君も――。
「ふ」
けれど私はそんな姫蓮ちゃんを見て。
「ふふふ」
酷く笑って。
「ふふ、ふふふ……ふっ、ふふふアハ……あはははは」
酷く、興奮してしまっていた。
「あははははははははははははははははは!! いい、いいよ姫蓮ちゃん!! 君、そんな風に泣けるんだね!? 悲しめるんだね!? 可愛い!! ああ、可愛いよっ! 早く私の、私のモノにしたい!! 君のその表情を私の手で歪めてみたいっ!!」
この時点で私のターゲットは、除霊師からたった1人の少女へと切り替わっていた。そのせいでフリーの除霊師だけは取り逃してしまうことになっちゃったんだけどね。ま、結果としてすぐにこの街から出ていったみたいだからよかったけど。
「姫蓮ちゃん……君は、私のモノだよ。待っててね。今すぐ迎えに行くから」
私が見ているものはただ1つだけ。
私が欲しい少女。彼女を手に入れて私の物語はやっとスタートする。今までは全部序章にすぎない。
私の、私だけの物語は――やっと始まろうとしているんだ。
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