第373話悪魔編・偽その62

 音夜を記憶障害にさせてから数ヶ月。少しずつだけど、彼に変化が訪れ始めていた。

 まず1つ。自身と対話するロカちゃんのことを怨霊だと理解したということ。

 幽霊は取り憑いた人間の記憶を読み取る。つまりロカちゃんは音夜の記憶を全て読み取っているんだ。そんな彼女と対話をし続ければ、いずれ音夜自身もきっと記憶を取り戻してしまう。

 しかしどういうわけか、ロカちゃんは全てを音夜には告げようとしなかった。それが自身の力を抑えるためともいえるし、彼女なりの優しさでもあったのかもしれない。

 音夜は当然、記憶を取り戻したいと思っている。ロカちゃんはその手助けをするようになった。事実、それが原因で音夜は次々と記憶を取り戻していった。

 そして彼が記憶を取り戻す中、私は妙な違和感を覚えた。

 というのも、以前の音夜のような威圧的な性格じゃなくなっているような気がするんだ。言い換えれば、落ち着いた性格というか……おとなしいというか……さらにもっといえば、ロカちゃんに対しての優しさのようなものすら感じとれた。

 それは……音夜斎賀という人間が本来そうだったのか、それともロカちゃんとの交流を得て変化したのか。そればかりは本人じゃないとわからないけど、少なくとも彼自身に何かしらの変化が起きているのは理解した。

 けれどこのまま音夜が記憶を取り戻すのはあまりよくない。最終的に全て思い出してしまえば、私が何をしでかしたのかも全てバレてしまう。

 しかしこれも嬉しい誤算だった。ロカちゃんはあまり力を使おうとはせず、彼の手伝いをするのは数日に何回か程度だった。

 1度目は中華料理店へと赴き、そこでかつての協力者である怨霊について思い出した。

 2度目はとある古びた廃墟へと向かった。そこで監禁した富士見夫妻のことを思い出していた。

 そうしていくつかの出来事を思い出し、肝心な姫蓮ちゃんのことを思い出せずにいたんだ。

 だからか意外にも彼はすぐに記憶を取り戻すことはなく、こうして今日という日までまともに思い出すことはなかった。


「ここまでは順調……だったんだけどねぇ」


 そう。ここまでは順調だった。12月24日。世間一般でいうクリスマスイブ。この日を超え、後数日すれば年越しの時が訪れる。そうすれば私の計画は達成されるはずだった。

 しかし世界はそれを許さなかった。

 この街に潜む幽霊たち。彼らの力は日に日に増幅していった。特に動物霊、地縛霊、そして浮遊霊である紅羽ちゃん。当然、怨霊であるロカちゃんもだ。

 そんな中、ある時から動物霊と地縛霊の存在を感知出来なくなっていた。状況から察するに、魁斗君のゴーストドレインで吸収されたか、師匠の手で除霊されたかのどちからだろう。

 この街の異常を感知し、とうとう師匠たちも動き出したんだ。であればいずれ紅羽ちゃんに対しても何かしらの行動を起こすだろうし、当然未だに探し続けている怨霊……ロカちゃんに対してもだ。

 そしてある日、私の元に師匠から1通のメールが送られてきた。その内容を見て思わず驚愕してしまった。

 この街に存在する幽霊全ての除霊……『大除霊』を12月25日に決行するという内容だった。

 大除霊。通常の除霊とは違い、街に属する神社で神様の力を借り、それぞれ除霊を行うという儀式。師匠たちはその大儀式で、この街に潜む幽霊たち全てを除霊することを決めたんだ。

 なんてタイミングの悪いことだろう。幽霊がこの儀式に逆らうことは基本的には出来ない。当然高級霊などは除外されるけど、私が選んだサブプランの幽霊たちや、怨霊は大除霊の対象となってしまう。

 紅羽ちゃんも当然消えてしまうし、仮に動物霊や地縛霊がゴーストドレインで吸収されたとしても、おそらくその中身をリセットすることも兼ねているはず。となれば彼も消えてしまうだろう。

 そしてここまで様子を見ていた怨霊すらも……大除霊であっさりと消えてしまう。


「そんなこと……許されるはずがないよね……ここまでやっておいて……無駄にしたくないよ」


 大除霊が行われるのは明日。まだ猶予はある。いや、むしろ今日しかないんだ。今日という日を運命の日にするしかない。私は覚悟を決めた。

 私はそもそも音夜に取り憑く怨霊を、どこで私自身に取り憑けさせるかを事前に決めていた。

 その場所は瀬柿神社だ。

 かつて初代怨霊がその地に祀られ、偽物の神として崇められていた場所だ。

 私がその地を選んだのには理由がある。

 1つは、瀬柿神社に充満する霊力の質がかなり高いからだね。そんな場所で変化すれば、きっと私自身も質のいい悪魔になれるはずだよ。

 そしてもう1つの理由。それは瀬柿神社の神様が不在だということ。

 初代怨霊が消滅した後、本来の神様は元に戻った……そう考えるのが妥当なんだけど……私はそう思えなかった。

 というのも、あれから瀬柿神社周辺には多くの幽霊が集まっていた。それに周辺に限らず、境内にも複数の幽霊が彷徨っていたんだ。

 みんなも知っているとおり、本来であれば幽霊は神社に入ることは出来ない。それなのにこんなにも多くの幽霊がいるということは、神様が不在でその力が発揮されていないんじゃないか……? というのが私の導き出した結論だった。

 つまり、怨霊……音夜を瀬柿神社に向かわせる必要がある。しかし今の彼は記憶障害を引き起こしており、ロカちゃんからの交信も途絶えてしまっている状況だ。

 このままだと彼は動き出すことはない。仮に動いたとしても、瀬柿神社に向かう確率は低いだろう。

 なにせ、瀬柿神社の近くにはかつて彼が暮らしていたアカシック跡地があるのだから。きっと、彼も心のどこかで避けているに違いない。薬なんて関係なしに忘れるぐらいなんだから。

 仕方ない。あまり直接的に関わりたくはなかったけど、やむを得ないね。

 私は音夜のケータイにメールで『瀬柿神社』とだけ送りつけた。

 彼からすれば意味不明なワードかもしれない。けれど今までの傾向からするに、彼はきっと瀬柿神社に向かうだろう。

 それはきっと、自身の記憶を取り戻すためのキッカケの地なのだと。

 確かにこれが原因で音夜の記憶も戻ってしまうかもしれない。けれどどのみち今日やるしかないんだ。記憶がどうこうなんて言ってられないよ。まあ一応、最終手段がないわけではないんだけどね……。


「さあ、行くよ風香。なりたい私になるために……覚悟を決めなさい」


 私は私自身に言い聞かせるように呟いた。

 少しだけ想定外だけど、どのみち後数日で私は同じことをしていた。それが少し早まっただけ。これぐらいの誤差はどうってことないさ。

 だから大丈夫。私はなれるよ。

 なりたかった私に。

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