第371話悪魔編・偽その60

 神魔会の情報網を侮ってはいけない。そんな言葉を初めて聞いたのは私が何歳頃の話だったか……もうそんなこと覚えちゃいないや。

 この世界における怪奇現象。いわば怪異について正式に管理しているのは怪異庁だ。けれどそんな彼らでさえも知り得ない情報を持っている。それが神魔会だ。まあそんな神魔会ですら知らないことだって沢山あるんだけどね。

 と、そんなことは置いておいてだよ。私は以前、神魔会から音夜斎賀の過去を調べてもらった。

 彼は『アカシック』という保護施設に預けられており、サイトという名前の少年だった。その後なんらかの原因で火事が起き、彼は音夜と呼ばれる家族に引き取られた。

 その事実を知っている人間はほとんど存在しないだろう。何せその火事で生き残った人間はほんとに数少ない人数しかいなかったんだから。

 おそらく神魔会はその数少ない人物とコンタクトをとり、秘密裏に情報を入手したんだと思う。そしてそれを、不安堂総司の娘である私だから知ることが出来た。

 音夜からすれば、絶対に誰も知らないはずの情報。

 絶対に告げられることのないかつての名前。

 そんな言葉を受け、彼がまともでいられるとは思えなかった。


「――」


 案の定彼の動きは停止し、表情は無に帰った。

 理解していない。いや、理解しようとしていないと言うべきかな。

 ああ、そう。きっと彼は……過去の出来事を、無かったことにしようとしているんだね。

 私はそんな隙をついて、彼の体に触れる。そしてそこに取り憑く存在の声を聞いた。


「ふふ、やっぱり取り憑いていたのは君だったんだね」


 初代怨霊から別れた3人の怨霊。それはどうして3人だったのか? その存在は果たして何をイメージして生まれた存在だったのか? そんな疑問が私の中にはあった。

 けれど富士見祐也の話を聞いてその疑問は解決した。

 彼らは初代怨霊……来遊夜豪の子供達を元に作られた存在。私はそう仮定した。そうすれば彼らの存在理由に納得がいく。

 であれば怨霊αは来遊麗美。怨霊βは来遊瑠来。そして……音夜に取り憑くこの怨霊γは――。


「――!!」


 それが音夜の意思だったのか、それとも取り憑くの意思だったのかはわからない。けれどその体を使い、私に抵抗しようとしてきた。このまま私に拘束されているのはまずい。そう判断したんだろうね。


「っと。この世には色々と便利なモノがあるんだよ? ま、これは割と現実的なモノなんだけどね」


 右手で音夜の体に触れ、霊媒師の力で怨霊を抑える。そして空いた左手には、相手を簡単に気絶させられる便利な道具……スタンガンを持ち、音夜の体へと思いっきりぶつけた。

 音夜の体は痺れ、その場に倒れ込んだ。うん、あっさりしてる。あまりにも簡単な作業だったよ。ま、こうなる状況を作り出すこと自体が面倒だったけどね。


「さて、と」


 私は念のため周囲を見渡して、誰もいないことを確認する。結界を張っておいたし、間違っても人が入ってくることはないだろうけど……イレギュラーが当たり前のこの街なら何が起きても不思議じゃないからね。念のためだよ。

 周囲の安全が確認出来たので、私は例のアパートから持ってきたピルケースと首輪を鞄から取り出した。

 まずは首輪を音夜の首にはめた。そして鍵でロックをし、これで彼が自身で首輪を外すことは出来なくなった。


「ふふ。まるで飼い犬だねぇ。ま、私犬嫌いだけど」


「う……ぐ……」


 と、音夜は完全に気を失っていないのかうめき声をあげる。スタンガンのあたりどころが悪かったのかな? それとも彼自身の意思か……あるいは怨霊のおかげなのかはわからないけど。

 けれど彼に抵抗する手段は残されていない。ただこの場で私の道具として使われるだけだ。


「はい。あとはこれ。ゆっくりゆっくり……嫌なことは全部忘れて……穏やかな日常を送りましょうねぇ〜」


 例の記憶障害を引き起こす薬。それを3錠全て音夜の口に無理やり突っ込む。あとは放っておけば彼の記憶に影響が出てくるはずだ。

 私は再び音夜の体に触れる。怨霊は未だに取り憑いたままだ。これを私に取り憑ければ、きっと私の体に変化が訪れる。

 けれどそのタイミングは今じゃない。その時が来るまで、彼女にはおとなしくしててもらわないと。


「あとはこのまま放っておいて……うーん、でもこんな様子でちゃんと家に帰れるのかな……?」


 記憶障害が起きるとはいうけど、それがどの範囲まで影響するのかは個人差があるという。

 もしも彼が完全に全ての記憶を失い、家に帰ることさえ出来なくなってしまったら……警察に保護されて面倒なことになることだって考えられる。


「仕方ない。私が背負って帰してあげるとしよう」


 私は音夜が住む家の住所を知っている。ここからは少し遠いけど、下手に見つかるよりマシだろうね。私の体に結界を張ってしまえば、誰かに見つかることもないだろうし。


「あっ……そういえばそろそろ師匠に連絡しておこうかな」


 現在私は完全に単独行動をしていた。師匠や他のみんなには、私1人で偵察に向かっているという程になっている。まあもちろんそれも嘘ではないんだけどね。

 師匠から連絡が来ることはない。今この街では電波障害が起きている。連絡をかけることが出来るのは最新機種を持っている私か、姫蓮ちゃんのお父さんだけ。だから必然的に私から電話をしない限り、向こうはただ連絡を待つことしか出来ないんだ。


「あ、師匠〜」


 電話が繋がったので、出来るだけいつも通りに話しかける。


「どうしたんですか? そんなに声を荒げて。あ、もしや私から連絡が無くて心配していたんですねぇ〜」


 まあ師匠が心配するのも無理はないだろうね。理由はどうあれ、私はたった1人で偵察に向かっているわけなんだし。

 さて……私はこれから音夜を家に送り届けなければならない。そうなれば必然。みんなと共に初代怨霊に立ち向かうことは出来ないわけだね。まーそもそもそんな気、元からないけどね。

 私の目的は音夜に取り憑く怨霊……彼女だけだ。あとはみんなが頑張って初代怨霊を倒してくれればそれでいい。

 そうすれば私の望む世界が出来上がる。きっとそうなると信じて。


「……」


 私は音夜が記憶をちゃんと失っているか、それを監視し続けれなければならない。少しでも彼に異変があれば、その対処法を考えなくちゃいけないからだ。そのためにわざわざ首輪なんてものを付けさせたんだから。

 そうなれば私はしばらくみんなの前から姿を消すことになるだろう。きっと心配してくれるだろうし、迷惑をかけることになると思う。


「あ、そうそう。そこに魁斗君と姫蓮ちゃんはいます?」


 特に魁斗君。そして姫蓮ちゃん。私の大好きな2人。2人にしばらく会えないのは寂しいけど……これも私の目的のため。必ず目的を達成して……また2人の前に姿を見せることを誓うよ。

 だから。君たち2人も――。


「頑張ってね」


 私も頑張るから。必ず悪魔になって、君たちを殺せるように頑張るからね。

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