第370話悪魔編・偽その59

 ボロボロのアパートを出ると、私は瀬柿神社方面に向けて足を進めていた。

 私の目的、目標はただ1人。音夜斎賀だ。正確には彼に取り憑く怨霊だけどね。

 彼は昨日、霊媒師である姫蓮ちゃんのお父さんから逃げて身を潜めている。そんな彼の居場所を誰1人として知ることはなかった。私もその1人。きっと家にも帰っていないだろうし、彼が今どこで何をしているかなんてことは一切知る由もなかった。

 それでも私は彼の行動が想像出来た。彼は必ず瀬柿神社付近に現れる。そう私は確信していた。

 音夜斎賀。彼は富士見……正確には姫蓮ちゃんのことを恨んでいる。恨み恨んで、その先にある答えは――もうとっくに忘れてしまっているだろうね。

 彼にとって怨霊は手段の1つに過ぎない。彼が求めるものは姫蓮ちゃんだけだ。

 そして姫蓮ちゃんが初代怨霊と戦うために瀬柿神社に現れることは理解しているはずだ。

 であれば、その瀬柿神社付近にいれば確実に出会うことが出来るだろう。


「この場所を再び再会の地に選ぶなんて。意外とそういうの気にするタイプなのかな?」

 

 かつて瀬柿神社の近くにあった保護施設……そこで暮らしていた2人の男女。それが音夜と姫蓮ちゃんだ。彼は……再びそこで姫蓮ちゃんと対面しようとしているんだね。


「けれど残念。君のその願いは叶えさせてあげられないかな〜」


 私の目の前には、真っ白なスカーフを首に付けた目つきの悪い男が立っていた。気だるそうにこちらを睨んでいる。


「なんだ? お前は?」


「おや、そういえば君とこうして話すのは初めてだったねぇ。私が一方的に知っているからつい知り合いの感覚で話しかけちゃったよ」


 確かに向こうからすれば、突然現れた美少女に声をかけられてびっくりもするだろうね。


「わざわざこの俺に声をかけてくるということは……お前も富士見の仲間か?」


「正解! まあ実際にこの後そうであり続けられるかはわからないけどね……姫蓮ちゃんはきっと私のこと拒絶するだろうし……」


「……? 言ってることの意味がわからねぇな。だが邪魔するなら容赦はしない」


 音夜の体から真っ黒なモノが湧き出てきた。アレは怨霊の力だ。

 その漆黒の力を見ているだけでどんどんと引き込まれていきそうになる。それは私が怨霊の力に魅了されているわけではないよ。私が見ているものはその先だ。怨霊じゃない。アレを私のモノにした時。きっと――いや違う。

 私は確信した。アレは、私が使うべき力だ。私が悪魔になるための材料に過ぎないんだって。


「何……笑ってやがる」


「……え? なに、私今笑ってる?」


 思わず自分の頬をつねってみた。確かに口角が上がっていたようだ。無意識のうちに笑いが込み上げていた。

 ああ、私はきっと高揚しているんだ。目の前にある存在を早く手に入れ、私の力とするために。

 でもそれはまだ早い。ちゃんと落ち着いて……冷静になろう。怨霊を私に取り憑けるのは今じゃない。ちゃんとタイミングってのがあるんだから。

 でもそのためには――。


「チッ!」


 音夜は手のひらから黒い塊を私に向けて解き放った。あんなモノをまともに食らえば、私自身に怨霊が取り憑き、徐々に体を蝕まれていずれ死んでしまうだろう。


「じょう・じょう・おん・じょう・じょう」


 けれどそれは私がなんの力もないただの少女だったらの話。あいにくだけど、私はそんなただ可愛いだけの生優しい女の子じゃないんだから。


「除霊師の力……!! チッ、弟子がいやがったのか」


 私のことを知らなかったのなら当然驚くのも無理はない。そして彼は私が持ち得ている力が除霊師だけじゃないということを知るはずもないんだ。


「なっ!?」


 私は懐から霊紙を取り出して、音夜に向けて幽霊を解き放った。


「ばい・ばい・よう・ばい・ばい」


 霊紙に取り憑いていた幽霊は以前の戦いでこっそり回収していた怨霊だった。しかしそれは当然格上である音夜に敵うはずもなく、あっさりと倒されてしまった。


「テメェ……!! 除霊師だけじゃなく霊媒師の力もっ!!」


 それだけじゃないんだよなぁ。なんて考えていたら音夜は私のことを脅威と判断したのか、自身に纏わせるオーラをどんどんと強めていく。そして人間を超えた速さで間合いを詰め、一瞬で私の正面に彼の姿があった。

 音夜は拳を構えている。その拳には真っ黒なオーラが歪に形を変えながら、私めがけて一直線だった。

 ああ。こんなものをまともに食らえば私は無事では済まないだろうね。いくら専門家の力があろうとも、体は普通の女の子なんだから。あんな攻撃を食らってしまえば、五体満足では済まないだろうね。

 それでも私は冷静にいられた。何か切り札があるわけでもないし、とっておきの武器があるわけでもない。実は助っ人を呼んでいましたなんてこともない。

 それでも私はこんな最悪な状況でありつつも、笑顔が絶えることがなかった。

 楽しんでいるわけではない。喜んでいるわけでもない。だとしたらこの感情はなんなのだろう。よくわからないけど……なんとなく、パッと思い浮かんだ答えがあった。

 

 悪魔になれる未来が見えた。だから私はただ単に、興奮しているんだと思う。


 私はゆっくりと、口を開き。ただ一言、告げた。


「そうまでしてキレンちゃんが欲しいんだね。


 それはある意味切り札であり、とっておきの武器とも言える。最大の助っ人とも捉えられるかもしれない。

 そんな絶対に誰も知るはずのない言葉を、告げられてしまった人物は果たして……。

 まともでいられるのだろうか??

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