第365話悪魔編・偽その54

 私の計画は順調に進んでいると見て間違いなかった。

 最重要人物である音夜斎賀。彼の動向は理解できたし、何より他の怨霊たちとは違う思想で動いていることもハッキリと理解できた。

 音夜の動きが理解できた以上、わざわざ姫蓮ちゃんの映像をもう送りつける必要はないかな。どうせ時が来れば彼は動き出すんだから。それに……たまには自分でじっくりと見たいしね。

 音夜斎賀に関しては問題なしと言える。けれど他に用意したサブプランはどうなっているか? 私は改めて整理すべく、テーブルの上に敷かれた真っ白な画用紙に絵を描き始めた。

 まず動物霊の犬。確か魁斗君の友達である土津具剛って子に取り憑いている。彼は特殊体質者だから、取り憑かれても平気な人間だった。現在も呑気な顔で学校に通っているところを見ると、特に異常は起きていないようだね。


「ま、問題はそれがいつまで保つか……だけどねぇ」


 あの動物霊の犬は特殊だ。状況次第では悪魔化もあり得る存在だ。まあわざわざそんな幽霊を呼び出しているんだから当然なんだけどね。

 しかし今は彼に取り憑いた状態のまま、何も問題なく過ごしている。よって私が取る行動は……動向を見守ることぐらいだ。


「ふふ。よく描けてる」


 私は画用紙に金髪の少年と、犬の似顔絵を描いた。


「さて、と。次は……」


 地縛霊。威廻羅神社付近のとある廃墟に執着していた悪霊。彼は魁斗君の妹さんである奏軸恵子ちゃんに取り憑いて霊障を引き起こしていたみたい。

 そういえば……ポルターガイストっていう課題を与えるために呼び出した騒霊。アレもどうやら地縛霊に操られていたらしい。まさかそこまで密接に関わるとはさすがの私でも思わなかったよ。

 結果、地縛霊は魁斗君のゴーストドレインによって吸収されてしまった。普通に考えれば地縛霊は私のサブプランから外れたと考えても不思議ではないと思う。


「でもね、実はそうでもないんだなぁこれが」


 画用紙に悪霊のようなものを描いた。真っ黒に塗りつぶした魂のようなものを。


「魁斗君はゴーストドレインのこと、ちゃんとは知らないみたいだったし」


 私は父からゴーストドレインのことを聞いていた。あの力は幽霊を吸収する力。だけどそれには当然限度があり、いつかはその中身を空っぽにする必要があるということを。空っぽにする……ということは、その中身から再び幽霊を引き出すことが出来るということを指している。

 つまり言い換えれば、魁斗君は幽霊を保管する場所としてはうってつけということだね。

 だから地縛霊が吸収されてしまったとしても、まだ利用価値はあるというわけ。


「と、言っても。どうやってその中身から引き出せるのかはわからないんだけどねぇ」


 父曰く、幽霊を操れる特殊能力者がいるとかなんとか。その力の持ち主なら出来る可能性が高いらしい。むむ……霊媒師とはまた違うようだね。


「さて、お次は……」


 生霊を生み出してしまった少女、生田智奈。彼女の力……霊力はこの街の中でもトップクラス。そんな力の持ち主が生霊を生み出したらどうなるか。下手すれば怨霊を超えることだってあり得る。つまりはその分悪魔化だってあり得るし、私の求めていた存在でもあった。

 けれど当然リスクは高かった。何より下手なタイミングで生霊を生み出されでもしたら、私の計画が台無しになる可能性だってあったんだから。そうならないように色々と工夫はしていたけど……それも無駄に終わっちゃったよね。

 数日前、智奈ちゃんは勘違いで生霊を生み出してしまった。アレはまだ完全な状態じゃなかったから私でもどうにかなったけど、もしもさらに力を増幅させていたら……確実に怨霊を超えていたと思う。


「全く。困った後輩ちゃんだこと〜」


 私は画用紙に智奈ちゃんの似顔絵を描いた。うーん……あまり出来が良くない気がする。


「だけど安心して智奈ちゃん。君はまだ使えるよ」


 生霊をこのタイミングで生み出してしまったのは完全に私の想定外だった。今のところ唯一、計画に支障が出たと言ってもいい。

 けれど、それでも。智奈ちゃんはまだ使える。彼女はとっておきだ。来るべき日に向けて……私はただ見守っておいてあげよう。


「そして……」


 私が画用紙に描いた最後の絵。それは猫のアクセサリーをつけた1人の女の子。現状、1番のイレギュラーと言ってもいい存在。


「紅羽ちゃん。君をどうするかなんだよねぇ」


 冬峰紅羽。私が呼び出した浮遊霊の少女。浮遊霊というのは普通であれば、人間に取り憑いて霊障を引き起こすのが基本。

 だけど紅羽ちゃんは違った。彼女は何故か実体を持ち、私たちとコミュニケーションを取るのだ。これほどまでにイレギュラーな存在になってしまったのは、もちろんこの街のせいでもある。けれどそれ以上に問題があったとしたら、それは彼女自身だ。

 紅羽ちゃんが抱く現実世界への執着。その思いが強すぎたがため、私が呼び出さなくても戻ってきてしまいそうなぐらいになっていたのだから。

 彼女は悪霊ではない。けれどこのまま放置し続ければいずれ悪霊となり、それ以上の存在になりかねなかった。だからわざわざ呼んだんだけどね。


「けどなぁ」


 しかしその紅羽ちゃんに対し、何かアクションを起こさなければという考えが私にはあった。

 現状の紅羽ちゃんはというと、魁斗君に幽霊だということはバレているけど吸収されていない状況。

 そして当の本人は、自身が幽霊であることを自覚していない。しかしその考え方に変化が起きている。そんな状況だった。

 何もなければそれでいい。けれど、

 というのも、彼女が他の幽霊たちと違って状況が状況だからだ。

 動物霊は放置出来るし、地縛霊は現状保管されている。智奈ちゃんに関しても様子を見ることしか出来ない。

 しかし紅羽ちゃんの場合、着実に状況が変化しつつある。きっと何かキッカケがあれば、彼女は自身が幽霊だと自覚するさらに特殊な幽霊へと変化するはず。そうなれば悪魔化の可能性だってどんどん高くなる。


「その紅羽ちゃんに何かキッカケを与える出来事がないんだよねぇ」


 今のままでもなんの問題はないと思うけど、智奈ちゃんの件もあってからか、少しでもサブプランの確率を上げておきたいところだった。

 彼女が悪魔へと変化するような……彼女にとって大きな出来事があれば――。

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