第362話悪魔編・偽その51

 音夜の過去が分かった。きっとこの情報を上手く使えば、彼を利用することだって容易い。

 音夜斎賀に取り憑く怨霊を私のモノにする。それが最優先事項となった。

 現状、音夜は富士見夫妻を監禁して以来表立って姿を現していない。きっと彼が動くことがあるとすれば、姫蓮ちゃん関連のことになるだろう。

 となれば音夜を自然と動かす方法に必要なモノは姫蓮ちゃんとなる。姫蓮ちゃんに何かあればきっと彼は動き出す。

 そこで思い浮かんだのが、姫蓮ちゃんの日常風景を音夜に送りつけるということだった。

 元はと言えば私が個人的に使うために盗撮していたモノなんだけど……それを上手く有効活用しようってことだね。

 こうして姫蓮ちゃんの日常風景を定期的に送ることで、音夜からすれば姫蓮ちゃんは普段から何気ない日常を過ごしていると思われるだろうね。きっとそれが続けば彼の怒りはどんどん溜まっていくだろうし。

 とはいえそれは私にだってリスクがあった。当然彼の家に送るからには住所もバレてしまうし、私の家に押しかけてくる可能性だって無いとは言い切れなかった。

 けれど少しでもリスクを減らすために、私は多くの賃貸を借りた。複数の住所から送られてくれば、どこが本当の住処かはすぐにはバレないだろうしね。ちなみに家賃はどうしてるんだって気になるよね? お金は父のモノがあるから全然平気だったね。あんまり頼りたくなかったけど。

 こうして私は音夜の元に姫蓮ちゃんの日常風景を送り続けた。そして私の中でこの日、というタイミングが出来たんだ。

 8月7日。この日に私と姫蓮ちゃんは万邦猛気を捕まえた。怨霊は彼の妹である万邦夜美奈に取り憑いていたけど、その行方を追うことは出来なかった。

 この時に姫蓮ちゃんは万邦から毒を盛られ、意識を失ったままでいる。だから私が引き取り、今こうして目の前で姫蓮ちゃんはぐっすりと眠っている状態なんだ。


「……」


 私の目の前には姫蓮ちゃんが眠っている。何をしても死なないという少女が。私の思い通りに出来るモノが。


「姫蓮ちゃん……ほんと、かわいいね」


 私は寝てる彼女の頬を撫でる。後少ししたら彼女は私のモノとなる。けれど……こんなにも無防備で、それでいてしばらくは目を覚さないはず。

 だったら……少しぐらいは……いい、よね……??


「大丈夫……大丈夫だよ。痛いかもしれないけど……死にはしないから……死なないからっ」


 私は包丁を両手で持ち、姫蓮ちゃんの腹部に目掛けて差し込もうとする。きっと何度刺しても刺しても彼女は死ぬことはない。いくらでもやっていい。私の好きにしていい。もう……我慢が出来ない。早くしたい。シタイよ。


「ッ……」


 けれど、私はその行為をしなかった。包丁をキッチンに戻し、再び彼女の体に触れた。その大きな胸を服の上から撫でるように触れた。


「やっぱり、まだダメだよね。ちゃんと人間を辞めて……人間のルールが適応されない存在になってからじゃないと」


 ここまで私が耐えてきたのはそのルールを守るため。人は人を殺してはいけない。例えそれが死なない体の持ち主だとしても、人を殺そうとするその行為こそが許されないものだから。


「姫蓮ちゃん。待っててね。もう少ししたら必ず……必ず、殺してあげるから」


 そのためにも私は私の為すべきことを為さねばならない。

 きっと姫蓮ちゃんは数日後に目を覚ますはず。その時が狙い目だ。

 師匠は未だに別の怨霊を追っている。そして師匠からすれば私はまだ万邦を追っていると思っているはずだ。というよりそう報告しているからね。

 このタイミングなら、私が音夜を狙ってもバレることはない。そして魁斗君や姫蓮ちゃんを利用してもバレることはないはずだ。

 まず姫蓮ちゃんが目を覚ましたら、すぐに魁斗君と一緒に遊んでもらおう。いわばデートみたいなものだね。本当は魁斗君じゃない方がいいんだけど……きっと姫蓮ちゃんと仲のいい男の子は魁斗君ぐらいしかいないよね?

 そしてその様子をこっそり私が撮影し、その映像を音夜に送りつける。リアルタイムの日付、時間まで載せておけば音夜はたまらず動きだすだろうね。

 上手くいけばきっと3人は合流する。そのタイミングで私登場。いい感じに魁斗君と姫蓮ちゃんをばらけさせ、その隙に音夜を確保して怨霊をゲット。

 と、もちろんこんなに上手くいくとは思えない。まず魁斗君を利用しなくちゃいけないところが厄介だ。下手をすると彼のゴーストドレインで怨霊を吸収されてしまうかもしれない。もちろんそれはそれで後から取り出すことは出来る。けれどそうなればどのタイミングで、どんな理由を並べて彼に説明すればいい?

 さらに厄介なのが師匠に万が一バレしまった時だ。師匠は魁斗君に自身の正体を明かさないようにしているけど、それもいつまで持つかわからない。互いのことを知った時、話の擦り合わせが合わない時が来るかもしれない。そうなれば私が勝手に動いたことがバレてしまう。

 そしてこれは根本的な問題。音夜に取り憑く怨霊を手に入れたとしよう。そして私に取り憑けて……本当に悪魔へと変化するのだろうか、という話だ。

 もちろんこれは確実なことではない。むしろ1番曖昧な状態ともいえる。ハッキリとしたタイミングもわからないのに、今動いていいものなのか。


「でも……チャンスは今しかない、よね」


 確かにリスクは大きいし、確実性もない。けれど様々な条件が重なって、丁度よく動けるのは今しかないんだ。だったらやるしかない。


「怨霊は最悪……霊紙に取り憑けておくか……あるいは音夜の記憶を……」


 怨霊に関してはまだ考えはある。まさかこの後本当にソレを実行することになるとは思いもしなかったけどね。

 けれど上手くいけば私の願いは叶う。悪魔となり、好きな人間を殺すことができる。

 だから後少し。もう少しだから。待っててね。魁斗君。姫蓮ちゃん。

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