第355話悪魔編・偽その44

 私が悪魔になるための計画。その要となるのは間違いなく怨霊となるだろう。それもただの怨霊ではなく、来遊夜豪が変化した怨霊。この街で祀られている怨霊でなければならない。

 だけど当然その計画が全てうまくいくとは思っていない。となればサブプランを用意する必要がある。

 この街、来遊市は特殊な街だ。幽霊が現れやすい点もだけど、何より現れる幽霊が特殊ということだ。

 先日出会った冬峰暮奈という人物。彼女のそばには得体の知れない霊力を感じ取ることが出来た。それもこの現実世界からではなく、別の場所から影響を受けているような印象を受けた。

 つまり幽霊がいる世界……幽界にいる幽霊の影響を受けているのではないか? そう思って私は霊媒師の力を使い確認してみた。

 すると案の定、とある幽霊が今にもこの現実世界に戻ってきそうな勢いだった。しかもその幽霊はただの幽霊ではない。この現実世界に異常なほど執着しており、状況次第では悪魔化もあり得る存在だった。


「ふふ。すごいねぇ。こんな幽霊がゴロゴロいるなんて」


 幽界を確認してみると、この街に関わる幽霊は多く存在した。それもその多くがイレギュラーな存在。そんな彼らを利用すれば、私の計画成功に一歩近づける。

 とにかくサブプランについては問題なさそうだ。となれば、私には達成しなければならないミッションがあった。

 そう、それは……。


「弟子にしてほしい……君は今そう言ったのか?」


 目の前には1人の男性が立っていた。私のことを不思議そうに見つめる。その声色は優しく、彼を見ていると不思議と心が落ち着く。


「はい! ぜひこの私を弟子にして欲しいのです!」


 私は霊媒師、霊能力者、除霊師の3つの力を持っている。しかしその内除霊師としては未だ未熟な状態だった。それは追々独自に極めていくつもりだったんだけど、結果として弟子入りすることになった。


「し、しかしだなぁ……俺は弟子を取るつもりはないんだ」


 そしてこの街に属している除霊師はただ1人。彼の名は怪奇谷東吾。

 怪奇谷……初めてその名前を聞いた時、ピンと来ないはずがなかった。間違いない。きっと彼は例の少年、怪奇谷魁斗の父親だ。なんてラッキーなんだろう。まさかこんな縁があるなんて……。


「なぜです? こんな可愛い弟子が出来るというのに? 何か私では至らぬところでも……?」


「いや、別にそういうわけでは……」


「あっ、なるほど! つまりそういうことですね! もう! それならそうと早く言ってくださいよぉ」


 私は前屈みになって、服の隙間から胸の谷間を見せつける。


「こういうのがお望みですか?」


「!!」


 自分で言うのもあれだけど、私は可愛いと思うし体も良く出来てる。きっと色仕掛けをすれば大抵の男の人は堕ちていくと思うんだけどな。


「ば、ばかか君は!? もっと自分のことを大事にするんだ! そんなことをして怪しい人に連れてかれでもしたらどうするんだ!!」


 しかし意外にも彼は引っかかることはなく、真剣に怒ってくれた。


「へぇー、意外な反応ですね。あっ、それもそうか……既婚者で子持ちですもんね……JKに手を出したなんて知られたら犯罪ですし……」


「そ、それは当然のことで……って君。なんで俺の家族構成を知ってるんだ!?」


「当然のことです。私は真剣に弟子入りを求めてあなたの元に来ているのですから。ちゃんと調べてきましたよ」


 この東吾って人と魁斗君は2人暮らしをしているらしい。それを聞いてますます魁斗君に接近できるチャンスが増えたと感じる。


「それにほら。ちゃんと怪異庁から許可も得てるんですよ?」


 私はカバンから書類を取り出して彼に渡した。私は怪異庁に所属している正式な専門家ではない。だからこそ、誰かに弟子入りすることを希望する機会を得ることが出来たんだ。

 もっとも、私が神魔会の不安堂の娘と知られれば当然却下されただろうけどね。


「確かにこれは正式な書類だ。筋は通っている。けれど……俺はさっきもいった通りで個人的に弟子を取るつもりはないんだ。俺なんかが……弟子なんて取る資格は……ないんだ」


 この人は本当に弟子を取るつもりはないんだろう。私の好意を無下にしているわけではない。ただ自分にその資格がないと判断してしまっているんだ。


「ふむ。なるほどなるほど。確かにあなたが弟子を取りたくないという気持ちは十分に伝わっています。では質問を変えましょう」


 気持ちで動かせないなら、現実的な事実で受け入れてもらうしかない。


「今、この街にいる幽霊に異常が起きていますよね?」


 私の問いを受けて、彼の表情はさらに暗くなった。それもそうだ。当然彼だって知っている。だって除霊師なんだから。除霊する幽霊がおかしいことぐらいとっくに理解しているはずだ。


「特に怨霊。この街に現れる怨霊……に限った話じゃない。幽霊は特殊な存在が多い。それをあなた1人で捌き切れるんですか? 私という弟子1人いるだけで、だいぶやりやすくなると思いますよ?」


 大体、街に専門家はそれぞれ1人しか所属出来ないというルールを設けた怪異庁はどうかしてるよ。せめてこの街ぐらいは特例でもいいんじゃないかと思える。


「……そうだな。それについては同意だ。確かに俺1人でどうにかなる問題ではない」


「でしょう? それであなたが倒れてしまったら、?」


 今の言葉がトリガーになったのか、彼は私の書類を懐にしまった。


「わかった。君の弟子入りを許可する。ただし俺は弟子なんて取ったこともないし、除霊師としての才能はあっても教えることに特化していない。それでもいいか?」


 そう。それでいいんだよ。


「はい! 問題ありませんよ。師匠!」


「むっ……し、師匠か……間違ってはいないのか……そ、それで君の名前は?」


「安堂風香です! 名字で呼ばれるのは好きじゃないので下の名前で呼んで欲しいです!」


 安堂という名は偽名だ。偽名で呼ばれるのはやはりむず痒いものがある。出来れば名前で呼んで欲しいのが正直なところだった。


「そうか……では風香。お前はどうやら俺のことを調べていたみたいだが……どこまで把握している?」


 それはもちろん。大体のことは知っている。神魔会の情報網を舐めていちゃダメだよ。だけどあまり正直に話しすぎるのも良くないよね。少しだけ濁しておこう。


「そうですねぇー……別居中のご家族がいて、そちらには娘さんがお2人いますよね? そして現在師匠は息子さん……確か魁斗君という名前だったはず。その魁斗君と2人で暮らしているとか。それ以外のことは……


 うんうん知らないよ。魁斗君がゴーストドレインを有していることや、悪魔を助けようとしたことなんて。これっぽっちも知らないよー。


「そうか……なら魁斗について1つだけ伝えておかなければならないことがある」


「はい、なんでしょう?」


「あいつを幽霊に関わらせてはいけないんだ。あいつには特殊な力が宿っている。幼い頃に力を封じ込めてもらったから、今は大丈夫だがな。それでも……幽霊と関わってしまえばきっと力が目覚めてしまう」


 なるほど……師匠は魁斗君の力のことを知っていた。それでいて封じ込めていたんだ。普通の……人間として過ごしてもらうために。彼は、父親としてその選択をしたんだ。


「……」


 でも魁斗君の力は目覚めている。きっと私の父や悪魔と関わったことが原因だ。そのことを師匠はまだ知らない。


「なるほどぉー。それでは私にお任せあれ! 私が魁斗君のことを守ってみせますよ! なにせ私の通う高校も場芳賀高校なのですから! いつでも監視……見守ってあげますとも!!」


「……風香。お前まさかとは思うが、魁斗に手を出そうとしてるわけじゃないよな?」


 おおっと。まずいまずい。あまりにも都合が良すぎて饒舌に喋りすぎた。


「そ、そんなわけあるわけないじゃないですかぁー。あはは、やだなぁもう」


「……まあいい。とりあえず魁斗に接触するのは一旦禁止にしておくけどな」


「そんなぁ!?」


 魁斗君に接触出来ないのは痛いところだけど、これで彼に一歩近づけた。そして当初の目的である弟子入りを達成することが出来た。


「むぅ……っていうか師匠。魁斗君のこと溺愛しすぎじゃないですか? 過保護すぎるっていうか」


 いくら自分の子供だからってそこまで心配するものだろうか? 私の知っている父親はそんなこと――。


「何を言ってるんだ。親だったら子を心配するもんだ。それが親ってものなんだよ」


 さも当然のように告げた。

 親は子を心配するもの。それが当たり前だと。

 ああ、そう。そうなんだね。私にはそんな経験はない。やっぱり私は……私はきっと、親にすら愛されていないんだ。

 私を受け入れてくれる人は、きっと彼だけなんだ。

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