第354話悪魔編・偽その43
人間のルールが適応されない存在。私はそんなものになりたかった。
人を殺すことが許されないのは人間のルールだ。だったら人間じゃなくなればいい。もっともそれが出来たら簡単な話なんだけどね。
当然人間から別の存在に移り変わることなんて、普通に考えれば不可能だと思う。それは当たり前だよね。私たちは人間としてこの世に生を受けたのだから。別の存在になれるはずがないんだ。
って……ここまでは一般的な話。だけど、怪異事情が絡んでくれば話は別だ。
なにせ幽霊、妖怪、悪魔といった存在がいる。それらはどこか人間と近しい存在だと私は思っている。
まず見た目がそもそも人型をしている。もちろん人間離れしたような見た目の存在もいるけど、基本は人型ベースだ。
そして言葉。彼らは言葉を話す。それも人間の言葉で。人間に近しい存在じゃなければ、そもそも言葉なんて必要ないよね。
幽霊、妖怪、悪魔。もしも、これらの存在に変化することが出来たら? それはもはや人間ではない。全く別の存在。そうすれば私は私のやりたいことができる。
まず第一候補として上がるのは当然幽霊だね。
幽霊という存在がそもそも、人間が死んだ後になる存在。1番人間に近しい存在だと言える。
けれど幽霊になるということは、死ななければならないということ。私は生きたまま成し遂げたい。それに確実に幽霊になれる方法なんて知らないし、どのタイプになるかもわからない。あまりにもリスクが大きすぎたんだ。
次に妖怪。妖怪に関しては完全に専門外だ。ほとんど知識がないし、わからないことが多すぎる。
人間と妖怪を交わらせる実験や、人工的に妖怪を生み出そうとした事例ならあったらしいけど、どれも信憑性は薄かった。
そして悪魔。悪魔は人間が召喚し、それに応じるとこの世界に堕ちてくる。
もちろん1番いい方法は、悪魔と契約して人外に変えてもらうこと……なんだけど。悪魔の召喚方法。それは父から聞いていたから知っていることだった。つまり人を殺さなければ召喚はできない。人間としてやってはいけないことを強制させられていたんだ。
悪魔との契約は除外。であれば私自身が悪魔になるしかない。だけどどうやって……? そもそもどうしたら人間は悪魔なんて存在になれるのだろう。
と……数年前に思い立ったはいいものの、結局諦めていた。
けれど、今は違う。
私にもようやく……希望が見えてきていたんだ。
「ここが……来遊市」
私の住んでいた街からかなり離れた所、そこにある街の名は来遊市。私はとある目的のためにこの街へと訪れていた。
先日、父の不安堂総司はこの街に出現した悪魔を祓いに来ていた。
しかしとある少年に邪魔をされ、結果その悪魔を逃してしまったそう。
その少年の名は怪奇谷魁斗。どうやら幽霊を吸収できる力、ゴーストドレインを有しているらしい。
私はその少年のいわば監視を任された。といっても父は具体的に何をしてこいと指示したわけではない。ただ彼の様子が気になるから見てきてくれ、と言っているようだった。
そんなことよりも私はその少年に心が惹かれていた。会ったこともない見ず知らずの他人なのに、私の気持ちはもう彼のことでいっぱいだった。
もしかしたら……こんな私を受け入れてくれるかもしれない。悪魔を助けようとするような……頭のおかしい人間なら。きっと。
「おっと……いけないいけない」
今は彼のことを考えている場合じゃない。この街に来たからには、私がずっと考えていた計画を実行する時がついに来たんだ。
まず私は父やその同僚、神魔会の情報を集めた。その結果色々なことが判明した。その中でも1番衝撃的だった情報……それは間違いなく私のご先祖のことだろう。
この街を作った人物、来遊夜豪。その人物はどういうわけか怨霊と化して、この街のとある神社に祀られているらしい。このことはごく一部の人間にしか知られておらず、下手をするとこの街にいる専門家ですら知らないかもしれないレベルの話らしい。
その来遊夜豪……彼こそが私たち不安堂家のご先祖だったんだ。まるで巡り合わせたかのような縁。私は心底感動した。彼をうまく利用すれば……私は変われる。そう考えていた。
というのも、幽霊は長い年月地上を彷徨っていると、悪魔化する可能性があるということがわかった。
つまりだ。私のご先祖である怨霊を自らに取り憑けさせれば、少なくとも何かしらの変化は起きるはずだ。うまくいけば……悪魔になることだって出来るかもしれない。
「まっ……そんなうまくいくとは限らないけどねぇ〜」
もちろんそれはただの理想的な結果だ。そもそも怨霊が除霊されてしまったら元も子もないし、怨霊が悪魔へと変化するのがいつ頃なのかもさっぱりわからない。
だとしたら当然……サブプランも考えなくちゃいけないよね?
そんな考えを張り巡らせながら歩いていたら、目の前で何やらカバンの中身を落としてしまった高齢の女性がいた。慌てて落とした物を拾っている。
「大丈夫ですかー? 手伝いますよー」
私はサッと女性の元に近づき、落とし物を拾うのを手伝った。
「おや……どうもわざわざありがとうございます」
「いえいえー」
こうやって礼を言われるのはなんだか照れ臭いな。あまり言われ慣れてないからってのもあるとは思うけどね。
「それじゃあ私はこれで」
「あっ、ちょっとお待ちください。私の家……すぐそこなんです。よければ少しお礼をさせてください」
と、女性に呼び止められてしまった。
「えっ……でもそんな、悪いですよー」
「大丈夫ですよ。今日は美味しいお団子があるんですよ。ぜひ食べてってください」
美味しいお団子かぁ……それは少し悩ましい。
「わ、わかりました。でもちょっと待っててもらってもいいですか? 私この荷物を置いてきたくて」
「あら……随分と大荷物ですね……旅行帰りとかですか?」
「あっいえ……私今日からそこのアパートに住むことになって……その荷物を起きたいんですよ」
私の目指すアパートはすでに目の前にあった。となればこちらの女性の家はすぐ隣にあるということになるね。
「そ、そうだったのですね。わざわざ引き留めてしまってごめんなさいね」
「いえいえそんなこ――」
言葉を続けようとした。その一瞬の出来事だった。この女性のすぐそばから、尋常じゃないほどの霊力を感じ取った。この人本人の影響じゃない。何か……何か別の場所から干渉されている。誰かが彼女に何かを伝えようとしているかのように。
「どうかされました?」
「……いえ。この荷物を置いてきたらお邪魔してもよろしいですか? そのお団子を食べてみたくなっちゃいました!」
この街に存在する幽霊は特殊だと聞いている。であればきっと、私の想像通りであれば。
「もちろん。お待ちしておりますよ」
きっと、悪魔になれる幽霊だって存在しているはずだ。
「あっ、そういえば……お名前はなんというのですか? 私は冬峰暮奈と申します。あなたは?」
「はい。私は……」
私の名前は不安堂風香。だけどその名は使えない。だから父が私に与えた偽名で生きていく。
「安堂……風香です。よろしくお願いします」
安堂風香。これが私の新たな名前。この街で生きていくための……私に相応しい名だった。
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