第351話悪魔編・偽その40
私は他の人間とは違う。頭のネジが外れた、おかしな人間。誰にも好かれずに、理解されない。それが私。
そんな馬鹿げた感想を抱いたのはいつ頃だったかな。もう覚えちゃいないや。それもこれも、私が抱くこの欲望のせい。普通に生きていては絶対に満たされない気持ち。この気持ちがある限り、私は普通に生きることは出来ない。
ずっとずっと……そう思っていた。私の願いは叶わないと。けれど、それは違った。私にはまだ希望が残されていた。
やっと私は……私のやりたいことができる。自由に生きれる。私の大好きな人たちのように生きることが出来るんだ。
あれは確か、4歳くらいのことだったと思う。今でも鮮明に覚えている。周りにはたくさんの花畑で広がっていて、背後にはお父さんとお母さんが私のことを見守っていた。
私はただ無邪気に花畑を駆けていた。そんな中、1匹の蝶々に目を奪われた。とても大きくて、キラキラ輝いていた。優雅に宙を舞い、羽ばたくその姿を見て一瞬にして目を奪われたのを覚えている。
私は蝶々に惹かれて付いて行った。蝶々はお花に止まり、休み始めた。私はその様子をただただじっと眺めていたんだ。
そんな時だった。突如として鋭利な鎌を持ったカマキリが現れた。カマキリは蝶々に襲いかかると、私の目の前で捕食し始めたのだ。
これは自然の中ではよくあることで、ごく普通の当たり前の出来事だ。カマキリは生きるために蝶々を食べる。ただそれだけのことだった。
けれど。
ただそれだけのことなのに。私は。
なぜだかわからない。何が……何が私の心を掴んだのか、さっぱりわからなかった。けれど、私はその一連の行為に目を奪われていた。ついさっきまで元気に羽ばたいていた蝶々は徐々に動きを鈍らせ、ついにはカマキリの中に全て収まってしまった。
生き物の死。それを初めて見た瞬間だった。
それ以降、私は昆虫採集を熱心にしていた。特にカマキリを捕まえていた。カマキリは昆虫を捕食する。私はその行為を見続けたいと思ったんだ。
虫かごを用意し、その中にカマキリともう1匹別の虫を入れたりした。そうすれば必ずカマキリはそのもう1匹を捕食し始めるからだ。
私はその行為をただひたすらに眺め続けていた。眺めているだけならまだしも、私の欲はとどまることはなかった。ここで収まっていれば、まだ私は人間としての道を外すこともなかったかもしれないのに。
ある日、私は散歩をしていた。そんな普段と変わらない日常の中、目の前には1匹の雀がいた。雀がいるぐらい普通だろう。そう思う。私が言いたいのはそういうことじゃない。その雀は一言で言えば弱っていた。羽が傷つき、羽ばたこうにも飛べない状態だったんだ。
当時、私の家では猫を飼っていた。それを知っていながらも、私はその雀を家に持ち帰った。そしてわざと、猫の前に解き放ったんだ。そうなれば当然、どうなるかなんて想像がつくと思う。猫は雀に襲いかかり、雀は死んだ。そう、死んだ。すでに弱っていたあの雀にトドメを刺したんだ。完全に動きを停止させ、その命の輝きは失われた。
そんな行為を見て、私はやっぱり、高揚していた。
私は子供ながらに、自分の異常さに気づいていた。ハッキリと言えることだと思う。私は普通の思考を持つ人間じゃない。こんなにも生き物の死に執着を持てるなんて、明らかに普通じゃない。
そう確信を持てる出来事が、とある日に起こった。
私の家族……つまりは不安堂家。父親はエクソシストであり、母親は霊能力者だった。それらは怪奇現象に抵抗するための専門家と呼ばれる者であり、私にも彼らの血が流れていた。
だけど私にはエクソシストの才能は微塵もなく、代わりに霊能力者としての力はあったみたい。それどころか霊媒師、除霊師にすらなれる才能も持ち合わせているらしい。すごいよね。
私のことは置いておいて、話を戻そう。父親の役職はエクソシスト。それはつまり悪魔を祓う専門家。この世界にたったの3人しかいないそう。
悪魔。そんなものがこの世界に存在しているなんて、いまだに信じられない。けれどそういった専門家が存在している以上、本当のことなんだろう。
ある日、父親は悪魔祓いに向かうために家を開けていた。私は普通に学校に通っていたため、そんなことは知らずにいた。何も知らずに家へと帰宅した私。玄関のドアを開けた瞬間、何かがおかしい……異常な感じがした。それはきっと、私が霊能力者としての力を僅かだけど得ていたからなのかもしれない。
私は慎重に部屋の中を進んでいった。なんだろう……この感じ。まるで生気を感じられないような雰囲気だった。何か得体の知れないものが潜んでいる……そんな様子だった。
だけど、そんな予想を遥かに超えるモノが私の目に入った。
ついさっき、猫を飼っている話をしたと思う。その猫のことを家族みんなで可愛がっていた。
そんな猫が、私の目の前でバラバラになって死んでいたのだ。
思考が追いつかなかった。どうして……? どうしてこの子が死んでいるの? いや……それ以前にどうしてこんなにバラバラに?? どう考えても事故ではない。間違いなく誰かに手をかけられた。それ以外に何も思い浮かばなかった。
呼吸が荒くなる。ナニ、これ。私……なんで、なんで? こんなに、こんな気持ち、初めて。無意識に私は自分の指を咥えていた。体が熱い。わけがわからない。あんなに大好きだった猫が殺されているのに、私は……私はこんなにも……!!
「風香……?」
そんな時だった。キッチンの方から聞き慣れた声がした。いつもおとなしくて、それでいて優しい人。私の母親。
そんな母親が、なんで今にも死にそうな声をしているんだろう?
「ふう、か……?? あ、あなた……」
母親の体には返り血のようなものがこびりついていた。片手には包丁を持っていた。まるで、ナニかを切り裂いた後のようだった。
でもそんなことはどうでもよかった。母親が猫を殺したことなんてどうでもよかった。
それ以上に、私は彼女の姿を見て、異常なくらいに――。
「ああ、ああ!! あなたも……あなたも取り憑かれてしまったのね!! 大丈夫、大丈夫よ! 今お母さんが助けてあげるから! きっと、きっとあの方が助けてくれる! だから、だからっ!!」
母親は私に駆け寄る。しかしそれとほぼ同時に、銃口から解き放たれる弾の音が耳に響いた。
母親の心臓。その部分に弾は突き刺さり、その場に倒れ込んだ。その体からは真っ赤に染まった血が溢れ出していた。
死んだ。今目の前で生きていた生き物が突如として死んだんだ。え、え? 死んだの? これが、私の母親?? あんなに……さっきまで動いていた生物が……? こんなにもあっさりと死んでしまうの?
な、何……ナニコレ。こんな……コンナことって……ああ、ああ……もう、ダメ。ダメかもしれない。体が疼く。目の前の物体を見て、想いが溢れ出す。
私は、もう。私の想いを抑えきれない!!!!
「あ、あはは……ははは……ぁは……あはははははは、ははははははははははははは!!!!」
この日私は思い知った。私は生き物の死に興味があるわけではない。
私は、生き物を殺してみたい。そう、思っていたんだ。
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