第348話悪魔編・偽その37

 太陽の光が眩しい。まず最初に浮かんだ感想はそんなものだった。世界は明るく照らされ、何もかもが平和に映っていた。


「魁斗先輩? どうかしたんですか?」


 俺の隣で歩いている少女、生田智奈。智奈はいつもよりもどこかオシャレな格好をしていた。


「いや……なんでもない」


 なんでそんな感想を抱いたのだろう? 俺はただいつものように、いつも通りに過ごしているだけなのに。


「なんだか浮かない顔してますね……もしかして今日、楽しみじゃないとか……」


「そんなわけないだろ。楽しみじゃないわけが……」


 あれ? そもそも俺は今から何をしようとしているんだ?


「本当ですかー? じゃあなんでそんなに表情が固まってるんですー?」


 智奈は俺の頬を指で突いてくる。彼女はこんなことをしてくる人物だったろうか?


「ほら、行きますよ」


 そんな智奈に手を引かれ、俺たちはバスに乗車した。


「おっ、魁斗じゃねーか! こんなとこで会うなんて偶然だな!」


 すると、バスの中には見知った顔がいくつかあった。


「げっ、怪奇谷……なんでこんな奴と同じバスに乗らなくちゃいけないの……」


「姉ちゃん。顔死んでるよ」


「全く……おい、土津具! お前の彼女が苦しんでるぞ! 慰めてやれ!」


 相変わらず騒がしい連中だ。でもそれがまたいい味を出している。そんな気もする。


「あっ、魁斗先輩。そろそろ着きますね」


 バスに乗ってからほんの数秒しかたっていない。だというのにバスは一瞬で目的地へと辿り着いた。


「はい到着ー。遊園地でーす」


 来遊市の東側にある巨大な遊園地。俺たち2人はここに遊びに来ていた……らしい。


「あ、あれ。見てください魁斗先輩。同志先生ですよ」


 すると遊園地に入ろうとしている複数人に目がいった。そのうちの1人は間違いなく同志先生だった。しかし周りにいる人は……。


「辰巳。なんだいその被り物は。いい歳してそんなものつけているから彼氏の1人も出来ないんだよ」


「な、何よ偉そうに! 言っとくけど私は作れないんじゃなくて、作らないの! 今はそれどころじゃないんだから」


「はっはっは! 全くドラコの言う通りだぜ! 俺はドラコのライブ好きだからな。彼氏なんかに夢中になられても困るしな!」


「もう。みんなはしゃぎすぎよ。子供に見られたら恥ずかしいでしょ」


「おや、そういう睦美だって前日は楽しみにしすぎて寝れないって言ってなかったかい?」


「そ、そういうことは言わない!」


 アレは……同志先生の家族だろう。家族構成が謎すぎるが、そうとしか考えられない。どこからどう見ても幸せそうな家庭にしか見えない。


「同志先生、楽しそうですね。私たちも負けていられませんね!」


 一体なんの勝負だ。


「おや? 魁斗に智奈じゃないか。奇遇だな。こんなところで会うなんて」


 すると、目の前に再び見知った顔が現れた。


「シーナさん。どうしたんですか? こんなところで」


「ああ。実は今度一度国帰ることになってな。現地の友達に何かお土産をと思ってな。色々と物色していたところだ」


 なるほど。シーナは確かに友達が多いと言っていた。日本に来た時もすぐにみんなと友達になれていたし、彼女はそういう星の下で生まれた人物なのだろう。


「シーナさん……なぜお土産を買うのに遊園地なんですか……」


「ん? 遊園地で遊ぶついでにと思ってな。しかしそのせいで全然お土産が決まらん!」


 相変わらず変わった奴だ。だがそれも彼女の良いところだと俺は思う。

 そんな時だった。シーナに向かって1人の少年が衝突したのだ。


「ん? 大丈夫か、少年」


 どこかボーッとした表情をしている少年。ジーッとシーナを見つめている。


「もー、あの! すいませんでした! ほら、美夏もちゃんと謝って」


 今度は少年よりも少し大きい少女が遠くから走ってきた。この様子から察するに、兄弟か何かだろうか?


「……ごめんなさい」


「ふふ。どうってことないさ。私の体は丈夫なんだ」


「わぁー、カッコいいですね! 私、あなたみたいな人に憧れてるんです!」


「そうか? いいぞ、いくらでも褒めたまえ」


 シーナは褒められて嬉しいのか、ドヤ顔で胸を張る。


「ちょっと2人ともー、走ってどこか勝手に行かないでよー」


「ふふ。元気なのはいいことですね」


 すると今度は、俺と同い年ぐらいの少女と、高齢の女性がゆっくりと姿を現した。


「あっ、2人とも遅いよ! 早くジェットコースター行こう!」


「全く……さっきまでお姉さんぶってたのに……やっぱり子供だねー」


「私は遠慮……ううん。もうおばあちゃんみたいなものだけど、ジェットコースターって乗れるのでしょうかね?」


「乗れるよ! ほら、行こう美夏! みんなで一緒にジェットコースター乗ろっ!!」


「うん。お姉ちゃん、僕楽しみ」


 彼女たちも家族だったのだろうか。そんな幸せの一端を見せられた気がした。


「魁斗先輩……? どうして泣いてるんですか?」


「は?」


 泣いてる? 俺が……? どうして? なんで俺はこんなにも、心が締め付けられるほどに苦しい思いをしているんだ?


「あれ、兄ちゃんじゃん」


 そんな時だった。近くにまた1つの家族がいた。


「ほんとだ。あっ……そうだったね。今日は……お姉ちゃん、応援してるからね!」


「ほほう魁斗、そういや今日はそうだったな! 香はこんなこと言ってるが、内心心配しているんだと思うぞ!」


「あなた……そう言うことは思っても言わないであげなさいよ」


 俺の父さん、母さん、姉ちゃん、恵子。どこにでもある一般家庭。そんな普通であり特別な事情もない家族は今日、この遊園地に遊びに来ていた。


「ふん。おい兄ちゃん! 生田さんを困らせたら承知しないからな!」


「ふふ。恵子もこんなこと言ってるけど、いとしのお兄ちゃんがとられて嫉妬してるんだよ」


「い、いとし……!? バカじゃないの!! こんなクソ兄貴……」


「恵子。そんな汚い言葉を使うんじゃないよ」


 当たり前のようにやり取りをする俺の家族達。これが日常であり、当たり前の出来事なのだ。


「それじゃあ魁斗。今日は楽しんでこいよ! 父さん達も応援してるからな!」


 そう言って父さん達は俺と智奈の元から離れていった。


「あ、あははー、なんだか照れちゃいますね」


 しかし、なんだろうかこの違和感は。なぜ俺は怪奇谷家の家族と共に遊ばず、智奈と2人っきりで遊ぶことを選んだのか。


「どうしたんですか?」


「いや……さっきから父さんや姉ちゃんたちは、何を応援するって言ってるんだ?」


 俺は何か、応援されるようなことをしているのだろうか? そもそも、俺はどうして智奈と2人で遊園地に来ているんだ?

 俺たちは、ただの友達のはずなのに。これじゃあ、まるで――。


「それは……今日が私たちが付き合って1年たった記念日だからですよ。ちゃんと楽しんで来なさいって応援してくれてるんです」


 智奈は満面の笑みを浮かべた。まるで曇り1つないその表情は、太陽のように明るかった。


「つき、あって……?」


 そんな、バカなことあるはずがない。だって……だって俺には課せられた罰がある。絶対にそんなこと、出来るはずがないんだ。

 そう思って、俺は首にかけられているはずのヘッドホンに触れた。触れようとした。


「ない……なんで……なんでだよ!!」


 ヘッドホンがいない。俺の首元に必ずいるはずのヘッドホンが……いないのだ。


「ああ、彼女ならいませんよ」


 智奈は未だに笑っている。


「私が壊しちゃったので」


 さも当然のように、当たり前のように告げた。


「ねぇ魁斗先輩。あなたがもしも、もしも選ぶべき答えを間違えていたとしたら。選択を間違えなければ、誰もが幸せになれる世界があったとすれば、あなたはどうしますか?」


「何を、言ってるんだ?」


「これはあなたが選ばなかった道。その世界の1つ。その結果です。ねぇ、みんなの表情を見ましたか? みんな幸せそうでしたよね? あなたが選択を間違えなければ、こんな幸せな世界になれたかもしれないのに。あなたは……選択を間違えた」


 そんな……バカなことが……あるわけ。



 世界は真っ暗に染まった。聞こえる声はただ1つ。


「俺……?」


「そうだ。俺はお前だ」


 目の前には俺がいた。しかしその顔面は黒く塗りつぶされていた。


「わかってるんだろ? お前自身が選んだ道は全て間違っている。彼らの……あの幸せを奪ったのは、お前だ」


 幸せそうな家族。彼らの姿が脳から離れない。俺はああなる未来を……奪っていたというのか?


「智奈も、冬峰も、恵子も、姉ちゃんも、同志先生も、シーナも、剛も、根井九も……お前が選択を間違えなければ救われていた」


 智奈は俺と付き合うことができ、冬峰たちも家族と過ごすことができる。シーナも充実した生活を送り、剛たちも変わらない日常を送る。

 そんな誰もが平和な世界。そんな世界を俺は、みんなから奪ってきた。そう、言いたいのか?


「魁斗君。君のことを理解できるのはワタシだけだよ」


 再び現れる悪魔。


「苦しいよね? 悲しいよね? だったらもう楽にしてあげる。ワタシが……君を、楽にしてあげるから」


 ああ、そうか。俺はよかれと思ってしていたこと、全て間違っていたんだ。

 誰かを助けようとした結果、実際には救われていなかった。

 俺のわがままを貫き通した結果、その相手を苦しめてしまっていた。

 俺は……そうか。俺はきっと、そうなんだ。


 俺はこの世界にいてはならない。死ぬべき人間なんだ。


!!!!」


 真っ暗な世界が、消えていく。

 俺の出した解答を否定する存在。ずっと、疑問があった。俺が見たこの世界。その世界には現れなかった。俺にとって大切な存在。そんな彼女はずっと、ずっと俺の元に現れなかった。


「あなたは、死ぬべき人間なんかじゃない」


 光の先から手が差し伸べられる。その姿は見ることが出来ないが、そこにいるのが誰なのかはすぐに理解できた。

 こうして俺はこの世界から離れる。考えてもみれば単純な話だった。彼女がこの世界に存在しない時点で、この世界は偽物だ。

 だって俺が知る世界には、必ず富士見姫蓮という存在がそばにいるのだから。

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