第347話悪魔編・偽その36

 ふと目を覚ますと、俺は教室の中にいた。周りにはクラスメイトが各々で会話をしている。今は昼休みの時間だろうか……?

 いや、そもそもなんで俺は教室にいるんだ? 大体今は冬休みに入っていて、学校にいるはずなんてないのに――。


「よお魁斗!」


 そんな時だった。突然背後から聞き慣れた声がした。またいつものようにくだらない話をしに来たのだろう。


「なんだ、剛。どうかし――」


 振り返ると、そこには俺の知らない土津具剛が立っていた。

 何を言っているのか訳がわからないだろう。だけど、間違いなく目の前にいる剛は俺の知らない人物だった。雰囲気だけじゃない、彼から感じるオーラのようなもの。それら全てがいつもの剛でないことを証明していた。


「なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」


「い、いや……」


 剛はキョトンとしている。なんだ……? 一体彼の何が違うと思ったんだ?

 そんな疑問を抱いていた時だった。突然教室にいたクラスメイト達全員が姿を消したのだ。さっきまで和気藹々と話していたクラスメイト達が、一瞬のうちに……消えてしまった。


「な、なんだ……? お、おい……どうしてみんないなくなっちまったんだ?」


「みんな……? みんなって……誰のことだ??」


「は? 誰って……うちのクラスメイト以外誰がいるっていうんだよ!! さっきまでみんなここにいたじゃねーか!」


 剛のやつ、ボケてしまったのか? そう思っていたが……。


「ああ、そりゃあいるわけないだろ。全員が殺しちまったからな」


 は――? 何を、言っているんだ? そんなわけのわからないこと、あるわけないだろう。そう思って剛を睨みつける。

 しかし、彼が剛でないことはすぐに理解できた。


「テメェが選択をミスったせいだ。テメェのせいでオレは悪魔になった。剛の意識も完全になくなり、この世界の人間を殺すことしか出来ない怪物になっちまったんだからな」


 そんなはずは……ない。剛は動物霊と別れる決意をしたはずだ。そして俺はそんな動物霊を吸収した。彼が悪魔になるはずがないのだ。


「なぁ? どうしてくれんだよ。オレはただ、コイツを守ろうとしただけなのに……なんでこんな怪物にならなくちゃならないんだ?」


 違う……違う。これは俺の知っている世界じゃない。俺は間違いなく動物霊を吸収した。剛がこんな怪物になるはずがないんだ。


「怪奇谷。なんで、剛を助けてくれなかったの?」


 背後からまた別の声がする。酷く静かで、冷たい声だ。


「根井、九……?」


「ねえ。私さ、あんたのこと最近は少し見直してたんだよ。それなのにさ……この結末はあんまりじゃない? せっかくあんたのこと信じてたのに」


 根井九は俯いたまま、冷たい声で言葉を紡ぐ。


「ねぇ、どうして? どうして……剛のこと助けてくれなかったの? どうして? どうして!?」


 一気に距離を詰め、俺の胸ぐらを掴む根井九。彼女の表情は、今にも崩れてしまいそうなぐらいにボロボロになっていた。


「ち、違う……! 俺は……俺はちゃんと剛を――」


「本当にそうかな?」


 再び別の声がした。気づけば俺は教室から離れ、全く別の場所に移動していた。

 見覚えのある場所。ここは――。


「魁斗のせいだよ。魁斗がちゃんと幽霊を退治してくれなかったから」


 俺の大切な家族。姉ちゃんと妹が暮らす家。そんな場所で、姉ちゃんが冷たい視線を送ってくる。


「な、何を言ってるんだよ姉ちゃん!? 俺が何をしたっていうんだ!?」


「まだ気づかないの? 自分がしたことの愚かさを」


 あり得ない。俺の姉ちゃんがこんなに冷たい視線を送ってくるはずがない。あの優しい姉ちゃんが……こんな……。


「無駄だよ姉ちゃん。こんなバカ兄貴に何を言っても無駄。ただやりたい放題してるだけのバカ兄貴には何を言っても……無駄なんだから」


 ソファで寝そべっているのは俺の妹、恵子。


「恵子……?」


「なに? なにか言いたいことでもあるの? もしかして謝罪? そんな言葉ならいらないから。もう、遅いから」


 恵子は普段から口は悪い。だけどそれは……どこか照れ隠しのような素振りがあった。しかし今目の前にいる恵子は、ただ悪意があって言葉を使っているようにしか見えない。


「何が……言いたいんだ? 姉ちゃんも恵子も、どうしちゃったんだよ」


「どうした、か。よくもまあそんなことの前で言えたな」


 恵子の何かが変わった。違う。これは恵子じゃない。また別の……何かだ。


「散々警告したはずだ。お前は自分のやりたいことをやりすぎだと。その結果がこうだ。なりたくもねぇ悪魔になんてさせやがって……それどころか恵子の体まで乗っ取ることに……お前、自分がしたことの愚かさを未だに理解してねぇのか?」


 そんなはずはない。地縛霊ももうこの世界にはいないんだ。いるはずがないんだ。

 だというのに……これはなんなんだ? どうしているはずもない存在がここにはいて、しかもどうして悪魔化しているんだよ。


「違う……違う!! 俺はこんな……こんな風になることなんて望んでいない! これは何かの間違いだ! 俺が……俺が望んだ選択じゃない!」


 そうだ。こんな世界にしたくて俺は今まで動いていていたわけじゃない。きっと何かの間違いだ。そう、例えば……これは悪い夢で――。


「そうやって、逃げるんだ」


 また、だ。聞こえるはずのない、聞いてしまってはいけない声がする。


「自分のやりたいことをやる。それは別にいいことだと思う。だけど、そのせいで誰かを傷つけてしまっていることに気づいてないの?」


 見覚えのある景色。とある神社。何度も訪れた場所だった。


「今まではたまたま運良く世界が味方してくれていた。だから何も起こらずになんとかなっていた。でも……もしもそうならなかったら? 何もかもが間違えていて、最悪の結末になってしまっていたら? それが全て、やりたいことをやるっていうあなたの選択のせいだとしたら?」


 俺の選択。俺が選んだ道が、全て間違えていたら。そうなった結果、誰かを苦しめていたとしたら?

 俺の、せい? 俺のせいでみんなを苦しめている?

 そんな……そんなこと、あるわけ……そう思いたい。だけど、現に……俺のせいで、苦しめられている人が目の前にいた。


「ねぇ、魁斗お兄さん。どうしてあの時、私を吸収してくれなかったの?」


 そんな、二度と聞くはずのない声が俺の耳に届く。


「どうして? あなたが私を無駄に存在させていたせいで、こんななりたくもない……悪魔なんてものにさせられたんだよ。ねぇ、責任とってよ」


 いるはずのない悪魔が、俺の耳元で囁く。


「私と一緒に、地獄まで付き合ってよ」


 脳が揺らぐ。そんな悪夢のような響きが俺の心を蝕む。

 なんでなんだよ。俺はただ、自分のやりたいことをやってきただけなのに。そのせいでみんなを苦しめていた。それじゃあ俺が今までやってきたことは……なんの意味もない。ただ無駄な行為だった。


「そう。そんな魁斗君と理解し合えるのはワタシだけだよ」


 俺の目の前には、真っ白な髪をした悪魔がいた。


「だからワタシのために、死んでくれないかな?」


 俺の人生、選択に意味はなかった。ただここで、意味もなく悪魔に殺される。そうすることで、彼女の欲望を満たせる。そんなくだらない役に立つだけで俺の人生は終了する。

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