第346話悪魔編・偽その35
私が見た光景。それは地獄のようなものだった。
どうして、どうして?
なんで怪奇谷君が?
こんなこと、こんなことあってはならない。今すぐに、あの人を……
「ッッッ!!!!」
全力で駆けると、私は目の前の敵に向かって勢いよくぶつかった。そして敵を倒し、馬乗りになって……その首を力強く絞めた。
「う、ううぅ」
自分でもわかるぐらいに歯軋りをしながら強く強く強く絞め付ける。ふざけるな。なんで、彼にあんなことをした。許せない。許すことができない!
「ぁ――うぁ――」
悪魔だか、なりたてだか知らないけど、それでもコイツはまだ人間だ。首を絞め続ければいずれ死ぬ。叫び声もあげられない様子を見る限り、本当に効いている。みるみる顔色も青白くなっていく。
ただただ強く首を絞め付ける。許せない。私はこの敵を、許せない。そんな憎悪だけが、心の中で渦巻き続けていた。
「ふじみー!! それ以上はよせ! 殺す気か!?」
私の意識が敵に集中している中、唐突に声がした。倒れている少年の首についているヘッドホン。彼女の声が私の耳に入った。
その瞬間。私は我に帰った。なんで……なんで私は風香さんの首を……こんなにも強く絞め付けているんだろうって。
「あ、ああ……ああっ!!」
思わず勢いよく風香さんから離れる。私はなんてことを……相手が誰であろうと、我を忘れてこんなことをしてしまうなんて。とても許されることではない。
その事実に、私は私自身が怖くなって震えてきた。
「ゴホッゴホッ……う、あぁ……や、やぁ姫蓮ちゃ……ん。す、すごいことして、くれ……たね」
風香さんはまだ首が痛むのか、押さえながらゆっくりと座り込んだ。
「でもまさか姫蓮ちゃんが……私のことを殺そうとしてくるなんてね……ふ、ふふふ。ふふふふ」
突然笑い出す。なんであんな目にあってもこの人は、こんなに笑えるのだろう。
「いやぁ……いやあすごかった。うん、すごかったよ。正直興奮しちゃったよ。まさか姫蓮ちゃんに首を締め付けられるなんて。思いもしなかったから。なんならまたちょっと漏らしちゃった。見てみる??」
そう言って自身のスカートをハラリとめくる。当然そんなものに目を向けることはなかった。
やはりこの人はおかしい。だけどそれ以上に、私は――。
「おいお前! コイツに何した!? なんで急に倒れ込んだんだ!」
ヘッドホンさんが風香さんに問いかける。
「なぁに。ちょっと悪魔のくちづけで眠ってもらってるだけだよ。ただし、きっと今頃魁斗君は悪夢を見ているだろうから……苦しいだろうねぇ」
「悪夢……だと?」
「そうだよー。まー死にはしないだろうけど……でもどうだろう。普通の人だったらもしかしたら死んじゃうかもね! うーん、でもそうなると困るなぁ。私の手で殺さないと気持ち的に興奮しないし……」
私が同じことをされた時、死ぬことはなかった。だけど苦しんだのは事実。それでも私が助かったのは、不死身であるからだと思う。
では不死身ではない普通の人間の場合、果たしてどうなってしまうのか?
「ていうか姫蓮ちゃん。どうしてここにいるの? 君も悪夢を見ていたはずだけど……」
死ぬ? 普通の人間は、悪夢を見ながら死んでしまう? そんな、こと。そんなことあってはならない。怪奇谷君が死ぬなんて、何があっても許されることではない。
「……まあいいや。あーあ、それにしても調子狂っちゃうなぁ」
風香さんはその場でストレッチをすると、周りの空気が変わった。何か……オーラのようなモノ……もしかしたら霊力かもしれない。そんな力のようなモノが彼女の周りを渦巻いていた。
「お前……どこに行くつもりだ! 悪魔になるんだったらここが1番適してるんじゃないのか?」
「まあね。そういうつもりだったけど、魁斗君にも眠ってもらったし、姫蓮ちゃんもこんなだからね。ゆっくりゆっくりと悪魔になることにしたよ」
つまり最速で悪魔になることは諦め、ただその時が訪れるのを待つことにしたということ。
「待ちやがれ! こんな目に遭わせといてただじゃおかないからな!」
「できるものならやってみなよ。たかが付喪神風情が悪魔に勝てると思う? 悪魔に勝てるのはエクソシストか悪魔だけだよー」
風香さんはこの場から立ち去ろうとする。私たちに背を向けて。
「じゃ、またね姫蓮ちゃん。今度はもっと……楽しもうね?」
一言告げた後、その場から飛び上がって遠くに飛んでいってしまった。まるで人間ではない……あり得ない動きだった。
「……アイツ!! 絶対許さん。このアタシが叩きのめしてやるからな……覚悟してろよ」
風香さんは飛び去った。残されたのは私とヘッドホンさん、そして悪夢を見ている怪奇谷君だけだ。
「ふじみー。おい、ふじみー! いつまで呆けてるんだ!! コイツをなんとかしないと!」
「怪奇谷君……ああ、怪奇谷君。そ、そうね……なんとか……なんとかしない、と」
私は自分の両手を眺める。手が震えている。私は、この手で。人を、殺そうと――。
「あ、ああ。わ、私。なんて、ことを……私、後一歩間違えていたら……風香さんのことを、殺していた」
自分でも信じられない。あんなにも我を失ってしまうなんて。
「……かもしれないな。でも悔やんだってしょうがないよ。だってふじみーは、大事な人が殺されそうになったんだ。あんな風になっても仕方ないさ」
ヘッドホンさんの声は、どことなく優しいものだった。
「アタシはふじみーの行動が正しいとか正しくないとか……そんなことはどうでもいいと思ってる。だけど、人殺しになるのだけはよくない、そう思うよ」
私は一歩間違えていたら、人殺しになっていた。それをヘッドホンさんは止めてくれたんだ。
「よくはないさ。でもさ、ふじみーにとって大事な……大切な人間が殺されそうになってたらさ……そりゃそうもなるよな」
「大事な、人……私の……大切な……」
苦しそうに悶えている人。きっと今頃彼は酷い夢を見ているはずだ。下手をすると、死んでしまうかもしれない。そう思うと、胸の奥がギュッと締め付けられる。
「ふじみーにとってコイツは……きっと、一言では表せられないぐらいに大切な人なんだろ?」
ダメだ。それだけは絶対にダメだ。私は……私は自分の大切な人を失うわけにはいかない。
「怪奇谷君……」
彼を助ける方法は1つ。それが許されるかどうかわからないけど、やるしかない。それが私にとって最善なやり方……いや、違う。そうじゃない。きっと私は、こうしたいと思ったんだ。
だって、大切な彼を……絶対に失いたくないから。
「――ふじみー。1つ、聞かせてくれないか?」
覚悟を決めたその時だった。
ヘッドホンさんは問いかける。なんの変哲もない問い。そう思っていた。
だけど、それは私の想像をとうに超えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます