第345話悪魔編・偽その34
風香先輩はやはり、悪魔になろうとしていた。
一度は騙されそうになったが、今の彼女を見てその考えは覆された。
真っ黒だった髪の毛は真っ白に染まり、その黒い瞳を見つめていると、金縛りにあったかのように動けなくなる。
「ねえ、魁斗君。そのヘッドホン、よく見せてよ?」
「誰がお前なんかに。いいか? アタシはお前が嫌いだ。死んでも渡すか!」
ヘッドホンは大きな声で威嚇する。その言葉を受けて風香先輩は目を丸くする。
「むむ、なんだよぉ。ちょっとぐらい見せてくれたっていいじゃんねー」
頬を膨らます風香先輩。表情や仕草はいつもと変わらない。何も変わらないままだった。
「そんなことより……風香先輩。あなたのその姿は……まさかもう悪魔に……」
彼女はまだ完全な悪魔にはなっていない。切り替わるタイミングは年越しだと占い師は言っていた。それとも時間のずれがあり、もう変化してしまったのだろうか?
「あー、これ? まだなってないよ。こんな見た目に変化したらもうなったって思いそうだよねー。全くー、焦らすのがうまいねぇ私の体」
笑いながら、その真っ白な髪の毛をはらう。ふわりと靡く髪に思わず目を奪われる。
「風香先輩。どうして……なんで悪魔になんてなろうとするんです!? なんでなんですか?」
その理由はわかっている。とうに知っている事実だ。それでも……本人から聞き出さずにはいられなかった。
「なんでって、もうとっくに知ってるんでしょ? 君を殺すためだよ。それが私のやりたいことなんだ」
当たり前のように告げる。それしか理由はないと言わんばかりに。
「だったら富士見は関係ないはずだ。俺だけを狙えばいい。どうして富士見まで!」
音夜からの連絡によると、富士見を見つけ出せたということはわかっている。だから今の富士見は無事だ。
だけど風香先輩は俺だけでなく、富士見のことも狙っている。不死身である彼女は殺せない。だと言うのに風香先輩は狙っていた。
「あるよ! 大アリだよ! 確かに姫蓮ちゃんは殺せないだろうけど、そのぶん何回でも
そんなセリフを、悪びれることなく告げた。
「イカれてる。アンタ、アイツと分かり合えることはないと思え」
「そんなことはないよヘッドホンさん。私と魁斗君は分かり合えるよ」
風香先輩は目を細める。俺の顔をジッと見つめ、頬を赤くする。
「だって、魁斗君は悪魔を助けようとした人間だから。悪魔になろうとする私と分かり合えないわけがないでしょ?」
「ッ!!」
それは俺が救おうとしたとある悪魔のことだ。このことを知っているのはごく僅か。風香先輩が知るはずもない事実。そう思うのが普通だが、彼女の真実を知っていれば納得の出来ることだった。
「不安堂のやつ……喋ったのか」
あの野郎……このことは他の誰にも話してはならないなんてこと言っていたくせに。実の娘には話していたのか。
「へぇ。あの人と私のこと、知ったんだ」
「……ああ。あんたが不安堂総司の娘だってことはつい昨日知ったことだ」
最悪だ。となれば当然ヘッドホンのことも知っている。今までは知らないふりをしていたんだろう。
風香先輩からすれば、ヘッドホンの存在は貴重なものだろう。何せホンモノの悪魔なのだから。喉から手が出るほど欲しい存在だろう。
「……そう。そんなことより、1つ聞かせてよ。魁斗君が助けようとした悪魔。
そう思っていたのだが。
「……は?」
「だから、君が助けようとした悪魔は今どこにいるのかな? 出来ることならぜひ一度見てみたいんだけど」
風香先輩はヘッドホンのことに気づいていない……?
いや、待て。考えてもみればそうだ。風香先輩は不安堂から俺のことを聞いた。そこまでは想像がつく。だけど、リリスがヘッドホンになったこと自体は伝えていなかったとしたら?
「うーむ、もしかしたらもうこの街にはいないのかな? だとしたら残念だなぁ。ま、いっか。この私が悪魔になれば気づいてくれるかもしれないし」
不安堂は、リリスがヘッドホンになったことを秘密にすると言った。もしも風香先輩が本当にその事実を知らないのであれば、奴は約束を守っていることになる。
だとしても余計なことを告げたのは事実だ。それがなければ風香先輩はこんなことを――
「いや……」
「ん?」
それは少し、違うかもしれない。
「不安堂総司。アイツが俺のことを風香先輩に告げなければ、風香先輩はこんな馬鹿げたことをしなかったかもしれない。だから余計なことを……って思ったんです」
その通りだと思う。風香先輩がどんなことを聞かされ、どんな想いでこの街にやって来たのかはわからない。
だけどそのキッカケとして、不安堂が話した内容も影響しているはずだ。
だからそんな話をしてしまった不安堂に対して、不満を抱こうとした。
「でも……こうも思った。もしも……不安堂が俺の話を風香先輩にしていなければ、こうして……あなたと出会えることもなかったと」
「アンタ……」
まだ彼女の本心を知れたわけじゃない。俺は風香先輩と出会わなければよかったなんて思っていない。
結果はどうあれ、俺は彼女に何度も助けられた。その事実自体はどうあがいても変わることがないんだ。
「俺は……風香先輩と話がしたいんだ。あなたの気持ちを……想いを知りたい。それがどんなものかはわからないけど……それを俺は知る権利がある!」
俺はまだ風香先輩のことを何も知らない。それを知る必要がある。
「魁斗君」
風香先輩は静かに距離を縮める。
「君がそんなふうに私のことを想っていてくれたなんて……私嬉しいよ」
彼女の白くて柔らかい手が、俺の肩に置かれる。
「私はね。君みたいな人が大好きなんだよ」
ゆっくりと、ゆっくりと。俺の頬を撫でる。その仕草一つ一つに見惚れてしまう。
「ずっと……ずーっと待ってたんだ。こんな頭のおかしい私を理解してくれるような人を。それが魁斗君。君なんだよ」
すると、突然風香先輩は俺を抱きしめてきた。彼女の女らしい柔らかい体が、俺の体に密着する。
なんだろう。どういうわけか、全く抵抗する気が起きない。なんだ、これは。
「アンタ、これは――!!」
ヘッドホンの声が聞こえなくなる。
「魁斗君」
聞こえるのは彼女の甘くて艶めかしい声だけ。それだけが脳に響く。
「悪魔を助けようとする頭のおかしい君なら、私のこと理解してくれるよね?」
彼女の表情は火照っている。そんなじんわりとした瞳で見つめられると、体が言うことを聞かなくなる。
「だから、ね?」
耳元に彼女の唇が近づく。
「大好きな君を、ちゃんと殺してワタシのモノにしてあげるから」
悪魔の囁きが、耳元で告げられた。
体が動かない。まるで金縛りにあったかのように。いや、違う。そうじゃない。俺自身が抵抗しようとしていない。俺が……彼女の魅力に、負けそうになっているんだ。
ダメだ。このままじゃ……俺の、意識は――。
「少しの間だけ、おやすみなさい。いい
彼女の唇が近づき、悪魔の口づけが行われた。そのたった一瞬の出来事だった。俺の意識は急激に深く深くへと沈み始めた。
「あ――」
けれど、その最後の瞬間。俺は見逃さなかった。
俺の元に向かって走ってくる少女の姿を。
その姿をしっかりと目に焼き付け、俺の意識は深い底に沈んでいった。
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