第344話悪魔編・偽その33
私は黒猫の神さまに言われたとおり、黒戸神社に来ていた。
私が倒れていた場所からは最も近く、来やすい場所だったから先に来てみた。もう1つの神社である威廻羅神社はここからは遠く、すぐに行ける距離ではない。この黒戸神社を確認したらすぐにでも移動しなければならない。
「静かなところ……」
黒戸神社に来たのはこれが初めてだった。本当に今まで見てきた神社の中でも小さく、ポツリと佇んでいる。確か怪奇谷君は、ここでシーナさんと協力して神隠しにあったらしい。
正直なところ、ここまで小さい神社だと風香さんがいる確率はかなり低いと思う。
確か聞いた話によると、瀬柿神社は集まる霊力の質は高いそう。そして威廻羅神社に集まる霊力は量が多いとのこと。
つまりこの街に存在する4つの神社の中でも、特に瀬柿神社と威廻羅神社は特殊ということが伺える。
故に私の考えでは、風香さんはそのどちらかの神社にいるのではないか? そう考えていた。
だから黒戸神社での捜索は軽めにし、手早く威廻羅神社に向かおう。そう思っていた。
だけど、私の視界に予想外の人物が目に入った。
「音夜……」
私の小さな声を聞いて、目の前に立っている彼はゆっくりと振り返った。神社の前に立ち、ただジッと時を待っていたかのように。
「富士見……ふっ、もうニ度と会うことはないと思っていたんだがな」
思わず笑ってしまう音夜。彼としてはもう私と会うつもりはなかったのだろう。
「あなた……どうしてここに? 風香さんから、逃げ切れたの?」
あの時私を逃すために囮になってくれた音夜。その後風香さんがすぐに私の元に辿り着いたことを考えると、深いダメージを負ってしまったのではないかと考えたけど……。
「いや、逃げ切れなかったさ。アイツの髪の毛……というかアレはなんて言ったらいいのか……まあとにかく奴に体を傷つけられたのは事実だ。もう体も動かせんぐらいにはな。あのまま放っておいたら死んでいたかもな」
やはり音夜は風香さんに攻撃を受けていた。しかし今の彼を見ると、あまり傷は目立っていないように見える。
「そんな時だ。どこからか声がしてな。俺の傷を治してくれたんだ。まあ力が完全に戻ってないとかなんとかで、完全に治ることはなかったがな」
そう言って彼は服をめくった。確かにお腹の周りに傷の跡がある。
「俺はその声の指示にしたがって、この黒戸神社まで来たというわけだ。というのも、この神社内にいれば俺は襲われることはないからだそうだ。要はここで身を隠せってことなんだろうよ」
そういうこと。おそらくその声の主は神さまだろう。彼女は音夜のことも気にかけていたんだ。
「富士見の方こそ……どうしてここに? あの女から逃げ切れたのか?」
私は今まであった出来事を全て音夜に伝えた。
風香さんに襲われ、悪夢を見せられたこと。
黒猫の神さまに助けられ、2つの神社を周ることを頼まれたことを。
「なるほど……つまり俺を助けたのも、その神って奴だったのか」
神さまというのが未だに信じられないのか、怪訝な表情を浮かべる音夜。
「だが……わからないな。なぜ狙われている富士見自らをあの女に鉢合わせようとする? そこにどんな意味があると言うんだ?」
それについては私も同感だ。だけど必ず意味がある。そうでなければ怪奇谷君にも同じことをさせる理由がない。
「わからない。だけど……その時の私は1人じゃない。そう、神さまは言っていた。だから、安心できるの」
その言葉を告げた時、不思議と心が休まった。
「……そうか。ならいいんだ」
音夜は目を瞑ると、再び神社の方へと体を向けた。
「安堂風香の行き先はおそらく……瀬柿神社だ」
「え?」
音夜の発言に思わずそっけない返答をしてしまう。あまりに唐突な言葉だったから。
「奴がロカを奪ったのも瀬柿神社だ。単純に考えて、奴が効率よく悪魔になろうとするのであれば、やはり瀬柿神社が1番適しているだろ。何よりあそこは今神が不在なんだろ? 1番好き放題出来る神社なんだよ、あの場所は」
そう考えればそうだ。風香さんにとって、1番動きやすい場所。それは他のどこでもない瀬柿神社なんだ。
「それに……さっき怪奇谷からメールが来た」
「えっ!?」
怪奇谷君から? 私は携帯を風香さんに奪われてしまったから今は所持していない。彼と連絡を取る手段がない。
「今から外湖神社、それから瀬柿神社を見に行ってくると。どうやら奴も富士見と同じように動いているようだ」
やっぱり……やっぱり怪奇谷君も私と同じで……。
「おそらく外湖神社はハズレだ。となればアイツは1人で瀬柿神社に向かうことになる。今のアイツが1人であの女と出会して……どうなる? 俺には嫌な予感しかしない」
私には不死身の力がある。けれど彼は? 彼に与えられた力はゴーストドレイン。幽霊を吸収する力。だけど相手は悪魔。その力はきっと使い物にならない。
そして何より。怪奇谷君を殺そうとしている人物と2人きりにしてしまっては、ダメだ。それだけは……絶対にダメだ。
「……ありがとう。私はこれから瀬柿神社に向かう」
音夜に背を向けて、街の先を見る。ここから見える先にあるのは、大きな山。あの上にある神社。そこに、彼はいる。
「……ああ、気をつけろよ。俺はもう体を動かせない。ここでただ……黙って時が来るのを待つだけだ」
音夜の声はか細いものだった。見た目はそうでもなくても、内面に大きなダメージを負っているのだろう。
「だから……俺の代わりに頼む。ロカを……あいつを救ってやってくれ。頼む」
音夜にとって心残りなのはロカさんのことだった。きっと今も風香さんの体に取り憑いた状態で、苦しんでいるはず。
私の力でどうにかすることはできない。それでも……それでも私はハッキリと告げなければならない。
「ええ。この超絶美少女の私に任せなさい」
音夜を見ることなく私は走り始めた。いち早く、急いで……何がなんでも早く瀬柿神社にたどり着くために。
私の見たもの。それはまるで悪夢だった。地獄のような光景。見てはならない。あってはならない光景だった。
「やめ、て」
視界には2人の存在がある。
1人は髪の毛が真っ白に染まった存在。安堂風香。
「ダメ」
そしてもう1人。首にヘッドホンを掛けた少年。私がここに来た理由。何がなんでも早くここに来たかった理由である彼。
どんな綺麗事を並べようと、私がここに来たかった本心。理由はたった1つだけだった。
「ダメッッ!! やめてッッ!!!!」
今目の前で真っ白な髪をした存在の唇が、彼の唇へと触れる。
ああ――私はただ、誰よりも早く怪奇谷君に会いたかっただけなんだ。
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