第343話悪魔編・偽その32
俺の目の前にいる人物。それはいつもと変わらない風香先輩だった。
常に体を動かしており、長い黒髪が靡いている。しかしよく見ると、髪の先は少しだけ白くなっているように見える。
「やあやあ。何ヶ月ぶりだっけ? 最後に会ったのが……あの日だからぁー……」
腕を組んで考え始める風香先輩。
「い、いや。ちょっと待ってください。ま、待ってくださいよ」
「うん? なに、どうかしたの? おやぁ、もしかしてもしかして! 久しぶりに私に会えて感動しているんだね! いやぁ! 魁斗君が私のことそこまで思っていてくれたなんて! この私も鼻が高いよ!」
ニコニコ笑いながら迫ってくる風香先輩。俺の手を掴み、ぶんぶんと振り回した。
「今まで会えなくてごめんねー。私も私なりに忙しかったんだよー」
いつものように、普段と何も変わらないように接してくる。それは……俺がまだ彼女の本心に気づいていないと思っているからなのか。
「忙しかった……ですか。どこで一体何を、していたんですか?」
「うん? そうだなぁ。まずは音夜を追いかけていたんだけど、彼が思ったよりも逃げ足が早いもんでねぇ。だいぶ苦戦しちゃったんだなぁこれが。それからというもののほんと色々あってねぇ――」
「そうまでして、悪魔になりたいんですか?」
俺は彼女の目を見る。透き通った瞳で見つめ返してくる彼女は、頭を傾げた。
「うん? なんのことかな? 悪魔って……この私が?? それはどんな冗談だよー」
笑い声をあげると、俺の背中を思いっきり叩いてきた。
「いや……だって……」
「全くひどいなぁ。この天使のような私のことを悪魔呼ばわりだなんて。君をそんな後輩に育てた覚えは先輩ありませんよ!」
なんだ……これは。本当にいつもと変わらない風香先輩じゃないか。彼女は本当に悪魔ではない、のか??
いや、だとすれば今までの話はどうなる? 誰かが嘘をついていたとは思えない。現に音夜は風香先輩に襲われた。さらには父さんたちも。占い師こと神さまだって言ってるんだ。
間違っているはずがない。彼女は……安堂風香は悪魔になろうとしている人間なんだ。
「ねえ魁斗君。君は騙されてるんだよ。私がそんなことをする人間に見える? 今までの私のことを考えてみてよ。ちょーっと頼りないところはあったかもしれないけど、みんなと一緒に戦ってきた仲間じゃない。そんな私のことを悪魔呼ばわりするの??」
風香先輩の表情は真剣だ。彼女が嘘をついているようには見えない。だとすれば俺は……いや、みんなは騙されていたのか? 可能性があるとすれば、1つだけある。
全く別の存在が風香先輩の体を利用して、みんなを騙しているのではないか? それも……本物の悪魔に。
「もしも……俺たち全員が何か……何か別の存在に騙されていたとしたら、辻褄はあう」
神さまですら騙せる存在だ。本当に悪魔がこの街に潜んでいるのかもしれない。
「でしょ? きっと誰かが私の体を使ってみんなを騙しているんだ。全く迷惑な話だよねー」
「でも……完全に信用できるかと言われれば、まだ納得は出来ないです」
「もー、信じてよー。って言いたいところだけど、そんな状況になれば私だって信じられないかな。まあ行動で示すしかないかな」
言動。行動。全てがいつもの彼女だ。そうか。風香先輩はやっぱり俺たちの味方だったんだ。敵になるはずがない。悪魔になろうとするなんて……そんなイかれたことをこの人がするわけないんだ。
「行動で示す、というと?」
「そのまんまの意味だよ。私もその悪魔を倒すのに協力するってこと。そうすれば私がシロだって証明されるでしょ?」
もちろん力を貸してくれるに越したことはない。どれだけ胡散臭くても、彼女の力は本物で頼りになるのだから。
「そうですか。じゃあ俺たちに協力してもらいますよ。どんな悪魔か知らないけど……俺たちを惑わせようとするなんて……ただじゃおかないからな」
「その粋だよ! とりあえず悪魔が現れそうな場所はいくつかピックアップしてるよ。まずは1つめから攻めてみよっか」
風香先輩は鳥居の方を指差す。つまりこの瀬柿神社には用はないということになる。
であればさっさとこの場から離れてしまおう。そう考えた。
しかし。俺の脳内に、いくつもの情報が張り巡らす。
仮に……仮に風香先輩の姿を借りた本物の悪魔がいたとしてだ。その悪魔は……いつから風香先輩の体を利用していたのだろうか? その時期によっては、辻褄が合わない部分が見えてくる。
例えば風香先輩の家で見たもの。大量の凶器。それから……富士見を盗撮したDVD。あれらも悪魔がやったことなのか? わざわざ、そこまでするのか?
そして何よりの疑問。それだけが1番、引っかかっていた。
安堂風香は、この瀬柿神社に何をしに来ていたのだ??
「アンタ!! 避けろッ!!」
その瞬間だった。突如ヘッドホンが叫び声を上げた。その言葉に反射して、思わず体を大袈裟に動かした。
振り返った先には、目を疑う光景が広がっていた。
真っ黒だった髪の毛は打って変わり、真っ白に染まった1人の存在。そして彼女が手に持っている凶器……それはスタンガンだった。そのスタンガンを使い、この俺を気絶させようとしていたのだ。
「あーあ。避けられちゃったか。姫蓮ちゃんの時は上手くいったんだけどなぁ。邪魔されちゃったね」
その存在は頭をポリポリと掻いた。その真っ白な髪の毛に思わず目を奪われる。
「っていうかさ。そのヘッドホン。何かあるとは思っていたけどぉ……まさか付喪神だったなんてねぇ。魁斗君、なんでそんな素敵なお仲間がいたのに私に紹介してくれなかったのかな? かな?」
不適な笑みを浮かべる存在。彼女はやはり風香先輩……だけど、悪魔になろうとしている風香先輩だ。
俺たちは騙されてなんかいなかった。目の前の存在が、それをはっきりと証明させていたからだ。
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