第341話悪魔編・偽その30
長い長い夢を見ていた気がする。
それは悪夢と言われていたはずのもの。私を苦しめるために与えられた試練のようなものだったのだろう。
けれどそんな夢はおしまい。私は現実の世界へと戻っていく。
「あ……」
目が覚めると、視界には雲ひとつない青空が広がっていた。不思議と体調に変化もない。それも私に宿る不死身の力のおかげなのだろうか?
体を起こすと、今私がいる場所に違和感を覚えた。
確か私が倒れた場所は交差点だったはずだ。だけど今いる場所は大きな公園のベンチだった。それにあたりを見回しても人1人いなかった。
「おや。ようやくお目覚めかい」
すると突然。どことなく声がした。人の声……だけどそれは私の脳内に直接響いてきた。
しかし周りに人はいない。一体どこから……そう考えていた矢先、よく見ると目の前に1匹の小さな黒猫が座っていた。そしてどういうわけかこちらをジッと見つめている。
「……子猫さん。もしかしてあなたが?」
そんなバカなことあるはずない。そう思いながら声をかけたんだけど……。
「正解だ。まあわしは別に特別何かしたわけではないんだがな」
思わず目を丸くしてしまう。黒猫は実際に喋っているわけではない。それでも脳内に声が響いてくる。
「……えっと、これはどういう現象なのかしら? まさかあなたも幽霊だったりする?」
「失礼な。このわしを幽霊だなんて……いや、仮にも意識を移しているわけだからある意味幽霊と近しい状態でもあるか」
なんだろう。口調はどう聞いても大人なのに、声質はどう考えても幼い少女のものだ。頭が混乱しそうだ。
「あなたが私を助けてくれたの?」
なんとなくそんな気がした。私が悪夢から目覚めたのも、もしかしたら彼女のおかげなのかもしれない。
「ふむ。そうとも言うが違うとも言える」
と、いまいち理解しづらい返答が来た。
「実際にここまでお主を連れてきたのはわし……まあそれも正確には違うか。近くにいる人間に手伝ってもらったわけだ。そう言う意味では助けたことは事実だろう」
やっぱり。交差点で倒れたままだったら、今頃私は病院に搬送されていただろう。
「だけど、その悪夢から目覚めたのはお主が自力でやったことだ。本来であれば外部から衝撃を与えることで目覚めさせることも出来わけだが……」
どうやら悪夢から目覚めたのは、私自身がやってみせたことだったらしい。
「衝撃……っていうのは? ようは殴るってこと?」
「バカ。そんな物騒な方法じゃなくてもいい。悪夢を見ている人間の脳に訴えかけるようなことであればいい。まあ例えばそうだな……耳元で優しい言葉を投げかけるとか……頭を撫でてあげるとか……」
思ったよりも優しいやり方だ。考えてもみればそうか。相手は悪夢を見ているわけだし。
「口づけなんかもいいんじゃないか?」
「なるほどね。じゃあ下手をすると、私は子猫さんにキスされていたかもしれないってことね?」
「ふふ。わしがしても意味はないさ」
黒猫の表情に変化はない。だけど、今の声はどことなく笑っている声に聞こえた。
「それで? この私を助けてくれたあなたは……どちらさま?」
結局、この黒猫は何者なんだろう? 私の事情を把握しているみたいだし、只者ではないことは理解出来る。
「神だよ。信じるかどうかはお主次第だがな」
「…………」
神。神さま、ということ。私も話でしか聞いたことがなかった。かつて怪奇谷君は、冬峰さんを助けに行くために神隠しにあった。その時に神さまに会ったと言っていた。だから神さまが実在することは知っていた。
「神さま……そんな神さまがどうしてこの下界にいるのかしら?」
「ほう。意外にも驚かないんだな。さすがあの男の力を宿す者と言ったところだな」
あの男……? それは富士見祐也のことを指しているのだろうか? だとすれば富士見祐也は神さまと知り合いだったの?
「理由は明白よ。安堂風香。奴をどうにかするべく、わしはこうして助言をしているのだ」
安堂風香。彼女はとある目的のために悪魔になろうとしている人。そんな彼女の行動は神さまにすら目をつけられてしまったんだ。
「風香さんのやっていることは……神さまにとってもタブーということ?」
「まあそれもあるが……今回の事象はわしにも原因がある。わしが油断した隙に神社さえ乗っ取られなければ、そもそもこんなことは起きていなかったのだから」
神社を乗っ取られた……? それはつまり瀬柿神社のことだろうか? となればこの人は瀬柿神社に祀られていた神さまということになる。
「だからわしなりに出来ることをしているのだよ。そのためにはお主の存在は必須だ。彼と同じようにな」
彼。たった一言。それだけなのに、どうしてだろうか。私の中ではたった1人の人間しか思い浮かばなかった。
「私は……何をすればいいの?」
つい問いかけていた。今の私に出来ることはなんだろうか。どうすれば彼を守ることが出来るのか。そんな思いが胸の中で渦巻いていた。
「安堂風香を止める。そのためには奴を捉える必要がある。お主には黒戸神社と威廻羅神社に向かってもらう」
風香さんを止める。単純明白な事実だった。
「奴は早く悪魔になるため、霊力が溜まりやすい地へと向かう可能性が高い。この場所から最も近い2つの神社に、お主には向かって欲しいのだ」
確かに風香さんは早く悪魔になりたいと思っているだろう。そう考えれば理にかなっている。
「残りの2つの神社はどうするの?」
「心配いらん。そちらはもう任せている」
そうなんだ。きっとそれは……。
「2つの神社。そちらを確認しても安堂風香の姿が確認出来なければ、場芳賀高校へと迎え」
「場芳賀高……? どうして私の通っている高校に?」
「まあそれはだな――」
声が一瞬途切れる。どうかしたのだろうか?
「すまん。時間切れだ。全く……起きるのが早い奴だ」
どういう、状況だろう? よくわからないけど、彼女と話せるのはここまでのようだ。
「いいか? とにかくお主は安堂風香を探せ。わかったな?」
ついさっきまで私は風香さんから逃げていたのに。今度は捕まえる側になった。
だけど、仮に風香さんを見つけたとして。今の私に何が出来るのだろうか? 彼女を捉えて、私にあの人の野望を止められるの??
「待って。風香さんを捉えて……私は……私はどうすればいいの? 私はどうやってあの人のことを止めればいいの?」
結局私が捕まり、振り出しに戻る。そんな未来しか見えなかった。
「心配いらん。お主があやつと対峙する時は1人じゃない。だから、心配するな」
1人じゃない。そんな何の根拠もない言葉。だけどそれを聞いて、不思議と心が休まった。
私は1人じゃない。きっと一緒に、あの人のことを止めれる。そんな気がした。
「ではよろしく頼んだぞ。こっちはこっちでやるべきことがあるのでな」
どうやら本当に行ってしまうようだ。
「待って!」
だけど私は彼女を引き留めていた。どうしても……どうしても聞いておきたいことがあった。
「私に残る不死身の力。これはどうして……残っているの?」
私に残された疑問。何故この力は残っているのか。神さまなら知っているのではないか? そう思った。だから問いかけていた。きっと、答えがある。私が得られなかった解答が、きっと――
「それはもう、お主自身がとっくに気づいているはずだ」
その声を最後に、黒猫はどこかへと去っていった。朝の眩しい日差しが私を照らす。それと同時に風も吹いた。
そんな世界に、私はいた。
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