第340話悪魔編・偽その29
コンビニから離れた俺たちは、近くにある公園へと向かった。ここで一休みし、朝食を取ることにした。
「さて。冷めないうちにさっさと食え」
ペロペロキャンディを素早く舐め始めた占い師。彼女の朝食は本当にそれでいいのだろうか……?
「は、はぁ……それじゃあ失礼して」
そんな彼女のことは一旦忘れ、温められたハンバーグ弁当を口に頬張る。腹が減っていたからか、いつになく美味しく感じる。
「ほう……中々いい食べってぷりじゃないか。ふむ。いいものが見れたぞ」
満足げな表情をする占い師。
「えっと……一口食べます?」
「ほう。いい提案だが、さすがにペロペロキャンディを食べている途中でハンバーグはなぁ」
ペロリと舌を使って舐める占い師。確かに相性が悪すぎたか。
「なんていうか変わってるよな〜。そんなものが好きな神だなんてよ」
思わずつぶやくヘッドホン。それは思っていたが、あえて口にはしなかった。
「ふん。別にわしはこれだけが好きなわけではない。ただ気に入っているのは事実だ。長い間同じ味を味わえるのが魅力的だと感じるのでな」
子供のような表情で舐め続ける占い師。本当に好きなんだろうな。
「さて……それでお主はこれから先どうするつもりだ?」
と、唐突に話題を変えてきた。
「これから……というのは?」
「何をすっとぼけてる。今日は12月31日。わしらに残された最後の日。今日安堂風香の野望を阻止しなければ、お主の命は終わってしまうんだぞ?」
そんなことはわかっている。だけど改めて告げられると気が滅入る。どれだけ言葉で理解しつつも、いまだに信じられないのだ。あの風香先輩が……悪魔に……俺を殺そうとしているなんてことを。
「わかってます。それで? 俺はどうすればいいんですか?」
昨日、占い師はこう言った。風香先輩はまだ完全な悪魔ではない。だから完全に変化する前に、彼女の力を吸収する。それが今の俺に出来ることだった。
「なんだ。やる気はあるのか。てっきりお主は安堂風香と戦うことを恐れているものかと」
「それは……」
そう問われれば嘘ではない。彼女がどんな思いで、何を成そうとしているのか。そればかりは本人の言葉を聞いてみない限り何もわからない。その真意がわからない限り、俺は彼女を完全に責めることは出来ないかもしれない。
「アンタ。何も考えることはない。あの女は悪魔だ。アンタたち
ヘッドホンの言葉が胸に突き刺さる。彼女の声でそれを告げられると、なんとも言えない気持ちになる。
「俺は……まずは風香先輩の話が聞きたい。あの人の思いを……知りたい。知る必要がある。俺は……そう思う」
今までの話は全て人から聞いたことだ。彼女の口から本心を聞いたわけではない。だからこそ直接話を聞きたい。それが俺の思いだった。
「まあそれもよかろう。何もわしはただ奴を叩きのめしてこいとは言ってないからな。話を聞いてそれで和解するのであれば、平和的解決法だとわしも思う」
俺たちの前には、人々が歩いている。早朝ということもあり、多くの人がいるわけではない。それでも人はいる。犬の散歩をしている若い女性。ランニングをしている男性。お年寄りのお婆さん。さまざまな人が日々を過ごしていた。
「もしも安堂風香が悪魔となり、生き物を殺すことに執着し始めたら……あそこにいる人たちの日常も、崩されてしまう」
風香先輩の目的。それが事実ならば、占い師の言葉も嘘ではない。
「そうさせないためにも、お主には頑張ってもらわねばならんのだ」
目の前にいる人々。俺だけじゃない。彼らの日常も守る。そのためにも……俺は彼女と、話さなければならない。
「はい。それで風香先輩は……今どこに?」
「さあな。そこまでは知らん」
随分と投げやりな返答だな。
「……なんだその顔は。わしはなんでも知っているわけじゃない。それに相手が悪魔ともなると正確な占いもできん」
「まあ、それはそうでしょうけど。なんとなく今の流れ的にもっとちゃんとした答えが帰ってくるものかと」
「悪かったな。期待外れの神で」
頬を膨らます占い師。そこまで言ってはないんだけどな……。
「はぁ……まあだが奴が行きそうな場所ぐらいは検討がつく。神社だ」
神社、ときた。それはつまりこの街に存在する4つの神社を指しているのだろう。
「それはどうしてです?」
「奴はまだ完全な悪魔ではない。というのは散々告げているからもう理解しているだろう。時が経てばいずれは完全な悪魔へと変化はする。だが奴はきっと今にも早く変化したいと思っているはずだ」
それもそうだろう。風香先輩からすれば、ずっと待っていた瞬間だ。今にも早く変化したいと思っているはずだ。
「そのためには多くの霊力を必要とする。となれば必然。霊力が集まりやすい場所へと赴くのは自然なことだと思うがね?」
「なるほど……つまり風香先輩は、瀬柿神社、外湖神社、黒戸神社、威廻羅神社のいずれかに向かっていると」
その全部を周るとなると、1日が終わってしまいそうだ。さすがにそんなことをしていたら悪魔へと変化を止めることは出来ない。
「そういうことだ。その中でもおそらく奴が向かう可能性が高いのは……瀬柿神社か外湖神社だろう」
瀬柿神社か外湖神社。どちらも縁のある神社だ。
「その根拠はなんだ?」
ヘッドホンが問いかける。
「まず瀬柿神社。言わずもがな今のあそこには神が不在だ。悪魔だろうが怨霊だろうがなんでも侵入できる」
「そりゃ不在だろうね」
ヘッドホンに同意だ。何せその神さまは目の前にいるのだから。
「そして外湖神社。あそこは最近神が変わった。ま、お主も知っているかもしれんがな。そういう時期は神社の安定力が下がる。まあ……そうだな。例えるなら新入社員が急に社長を任されたようなものだ。お主が同じ立場で会社を安定させられる自信はあるか?」
急に社長、か。慣れない人間がそんなことすれば、安定させられるはずがない。
となれば外湖神社が安定していないのも納得できる。であれば悪魔の侵入も安易に許してしまうかもしれない。
「つまりだ。お主が向かうべき場所は、瀬柿神社。あるいは外湖神社だ」
「そういうことなら……でも黒戸神社と威廻羅神社の方はいいんですか?」
可能性の話をしている以上、確実なことは言えない。けれど残り2つの神社に現れる可能性だってある。さらにその2箇所はここから遠い。後で気づいて向かうんじゃ時間がかかってしまう。
「心配はいらん。そっちの方はわしが見ておく」
「え……でももしあなたが風香先輩に遭遇してしまったら……どうするんですか?」
「ふふ。その時はその時よ。まあわしを信じろ」
大丈夫、なのだろうか? 占い師のことも心配だが、それと同時に風香先輩に対してもだ。
なぜなら、神さまに消されてしまうのではないか? そんな懸念を抱いてしまったからだ。
「さて。わしはそろそろ戻るとしよう。東吾たちを見張っておかねばならんしな」
占い師は立ち上がり、服の裾を直した。
「1つ聞きたいんですけど」
「ん? なんだ?」
俺は占い師の目を見た。少女のようで、どこか大人びた雰囲気を感じ取れる。
そんな人のようで人ではない彼女に、俺は問いかけた。
「あなたは、風香先輩をどうすべきだと思いますか?」
占い師はその言葉を聞くと、黙って数歩前に進んだ。そして振り返って、ただ一言告げた。
「それはお主ら次第だ」
彼女の言葉は、俺の心に深く響いた。
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