第339話悪魔編・偽その28

 俺の目の前に、富士見がいる。

 そこにいるのはいつもと同じ富士見姫蓮。そのはずなのに、どこかその時の彼女の表情は……泣いているように見えたんだ。

 思わず手を差し伸べる。富士見も合わせて手を伸ばす。

 しかしその手を取ることはなく、俺は目を覚ました。


「おっ、起きたか。おはよ〜」


 首元からヘッドホンの声がする。その声を聞いて少しだけ安心する。


「ッ……痛てて」


 体が妙に痛い。というのも当然か。俺が眠っていた場所はふかふかのベッドなどではなく、どう考えても睡眠用じゃない椅子だからだ。こんなもので寝ていれば体を痛めても不思議ではない。


「はは。こんな場所で眠ってたんじゃそりゃあ休まらないよな!」


 ヘッドホンは普段テーブルの上などに置いているから、特にいつもと変わらない1日だったろう。

 けど、今回は珍しく俺の首につけたまま寝てしまったな。そういう意味ではいつもとは少し違ったかもしれない。


「お前、なんか機嫌いいか?」


「いやぁ〜? 別にぃ?」


 どうだろうか? どことなくいつもよりも声色が高い気がする。気のせい……か?


「それより今何時……ってそういや携帯の充電切れてたんだったな」


 時刻を確認しようと思ったが、昨日の途中で携帯の充電が切れてしまったことを思い出した。きっと音夜から連絡も来ているだろうし、早いところ充電したい。


「父さんたちは……まだ寝てるのか」


 父さん、礼譲さん、陽司さんはまだ眠っていた。3人とも体は万全じゃない。出来ればこんな場所でなく、しっかりと休める場所で休んでほしいと思う。


「随分と早い目覚めだな。あまり眠れなかったか?」


 と、少し離れたところから占い師の声がした。どうやらこの部屋にはいないようだが、声の場所的に隣の部屋だろうか?

 俺は父さんたちを起こさないようにゆっくりと足を進めた。隣の部屋へと向かうと、目を閉じてじっとしている占い師の姿があった。


「おはようございます。えっと……瞑想でもしてるんですか?」


 その佇まいがあまりにも形になっていた。静というものを表現するかのような……そんな感想を抱いた。


「少し意識を別の方へと向けていたのだよ。まあ瞑想に近いと言えば近いか」


 占い師は目を開けると、ふうと息を吐いた。


「さて。腹が減っているだろう。しかし残念ながらここに朝食はない」


 だろうな。昨日渡された食べ物がスナック菓子ということを考えれば大体想像がつく。


「というわけで朝食を取りに行くぞ。なぁに心配することはない。安堂風香はまだ動かん」


 そう言って占い師はスタスタと進んでいってしまう。そう、か。今日は日付が変わって12月31日。風香先輩が完全な悪魔になるまで、残された最後の日だった。


 こうして占い師についていき、向かった先は……。


「コンビニ……ですか」


 どこにでもあるコンビニ。どう考えても神さまが行かなそうな場所だ。


「仕方ないだろう。今はまだ朝の7時なんだ。ファミレスや喫茶店なんてやってないぞ」


 朝の7時……確かに普段の俺からすれば想像以上に早い目覚めだ。あの睡眠環境じゃ致し方ないところはあるが……それ以上に、気持ち的にぐっすり眠ることはできなかった。


「まあ言いたいことはわかるんですけどね。ただなんていうか……神さまである人がコンビニっていうのがなんだかおかしくて」


「何を言ってる。コンビニは素晴らしい。必要なものがなんでも揃っている。そして24時間営業しているというのが素晴らしいところだ。わしはむしろこういう人間の知恵の結晶に触れるのが好きなんだがな」


 そう語る占い師の表情は、どことなく少女らしさを感じられた。思えば、とある悪魔もコンビニに通っていたよな。そういう人外に好かれるのだろうか、コンビニは。


「それで、お主は何を買うんだ?」


 何を買うのか……と言われても。正直買うものなんて何も考えていなかったし、どうしたものか。しかし昨日からろくに何も食べてないから、腹が減っているのは事実だ。ここはいっそのことガッツリ食べるのもありかもしれない。


「これですかね」


「ハンバーグ弁当、か。なるほど、いいセンスだ。さすがとしか言いようがないな」


 どこをどうしたらさすがなのかはさっぱりわからない。


「そういうあなたはどうするんです?」


「いい問いだ。このわしの朝食が気になって仕方ないのだろう」


「どうせペロペロキャンディだろ〜。アタシずっと見てたから知ってるぜ? お前が子供菓子好きなの」


 ヘッドホンの言葉を受けて立ち止まる占い師。確かに占い師は昨日もずっとペロペロキャンディを舐めていた気がする。


「いや待てよ。確かにペロペロキャンディは好きだろうけど、さすがにそれを朝食にするなんてこと――」


 と思っていたのだが、占い師は突然弁当コーナーから離れると、お菓子コーナーに向かって行った。


「お、おいまさか」


 まさかな。そんな気持ちを抱きながらお菓子コーナーへと向かうと、買い物カゴの中に大量のペロペロキャンディが……。


「えっと……」


「さあ早く会計を済ませるぞ。なぁに安心しろ。わしはこう見えてもちゃんと金は持っている。その名に恥じぬよう占い師として稼いでいるもんでな」


 そうして占い師は、大量のペロペロキャンディ。そしてハンバーグ弁当プラスGエナジーを持ってレジへと向かった。


「絶対店員にさ……変な幼女いるって思われてるよな」


「やめろ。下手をすると俺たちも変人だと疑われる」


 ちゃんと会計が出来るかどうか見守りつつ、無事にコンビニから出ることが出来た。


「あ、あの……弁当と飲み物。俺持つんで」


「ん。そうか、なら自分で持て」


 占い師はハンバーグ弁当とGエナジーを俺に手渡してきた。彼女が持つレジ袋には、大量のペロペロキャンディだけが詰まっていた。


「……なんだ? わしの顔に何かついているのか?」


 すっとぼけた表情で見つめ返してくる占い師。ああこれはなんていうか……何も突っ込まない方がいいだろう。


「い、いえ……虫歯にならないように気をつけてくださいね」


「……??」


 俺たちはそれぞれ朝食を持って、コンビニから離れて行った。

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