第336話悪魔編・偽その25
俺にはゴーストドレインという力が宿っている。その力の詳細は、幽霊を吸収することが出来るというもの。俺はこの力を使って、多くの幽霊を吸収してきた。
だが、今俺の中には吸収された幽霊は1人たりともいない。全ての幽霊を除霊する儀式、大除霊によって俺の中にいた幽霊たちは成仏された。だから今、俺の中には何もいない。4月より前の状態に戻った。ただそれだけのことだった。
「魁斗の中を……せっかく空けた状態だというのに……またそんな危険なことをさせるっていうんですか!?」
父さんが心配する気持ちもわかる。今回相手するのは、怨霊……ではない。悪魔になりかけの存在。それを果たして幽霊と言っていいのかすら危うい存在である。
そんなものを吸収してしまって、大丈夫かと言われれば自信はない。
「問題あるまい。所詮は悪魔になりかけの存在よ。吸収した後もすぐにまた除霊してしまえばよいわけだ」
占い師は軽い口調で言うが、本当に大丈夫なのだろうか?
「まだ完全な悪魔じゃない……だからゴーストドレインも機能する。それなら……それなら俺たちでも出来るはずだ! 除霊師だって戦える!」
父さんは叫び声を上げるが、傷ついた体が悲鳴をあげているのか、つい動きが止まってしまう。
「そんな体でどうすると?」
占い師はわかっていたかのように告げた。
「それは安堂風香もわかっていたこと。だからお主らを真っ先に潰しにかかったのさ」
占い師の目線に釣られて俺も目線を運ぶ。父さん、礼譲さん、陽司さん。3人の体はボロボロになって傷ついていた。その痛々しい姿を見ていると、心がキツく縛られる。
「……では、なぜ私たちは生かされているのでしょう? もしも私たちの存在が邪魔だと判断したのであれば、生かしておく道理はないと思いますが」
礼譲さんは冷静に告げる。確かにそう考えるのが普通だ。
だけどその理由を俺は知っている。風香先輩の目的は人を殺すこと。最初に殺す人間は俺、と決まっている。だから彼女は殺さなかった。その証拠に、殺していてもおかしくなかった音夜を放置している。
「さあな。それも本人に聞いてみないとわからんだろう。でもあえて言うのであれば……まだあやつにも情があったんじゃないか?」
おそらく占い師はその理由を知っている。それでもそれをみんなに告げないのにも理由がある。特に父さん。父さんに知られるわけにはいかない。風香先輩の目的が俺を殺すことなんて知ったら、彼はどんな手を使ってでも俺を止めるだろう。彼はそういう父親だ。
「まあそう思っていた方が気持ちとしては楽ですからね。私も老人だから手加減してくれたのか、と思いますし」
陽司さんだけが3人の中では1番軽症だった。もしかしたら風香先輩は本当に手加減していたのかもしれない。
「それでも……それでも……」
父さんはまだ納得できないのか、体を小さく震わせている。その気持ちもよくわかる。父さんからすれば、信頼していた弟子に裏切られたような気分だろう。その後始末を自分の息子に託すしかないなんて。悔しいだろうし、心配だろう。
「占い師さん。あなたが俺に託した理由。ゴーストドレインだけじゃないですよね?」
けど、これは。きっと俺にしか出来ないことだ。
「ほう?」
「俺は風香先輩に好かれている。だから説得も出来るかもしれない。そうですよね?」
それもある。説得出来るのが1番手っ取り早い解決方法だ。
「俺が……
結局、俺はただ風香先輩を止めたい。ただそれだけだった。それが出来るのが俺だけだというなら、やってやるさ。いや、やりたいんだ。俺が……やりたいことを。ただそれだけのことなんだ。
「ふふ。お主、
占い師の瞳は告げる。やはり彼女は風香先輩の目的を知っている。それでも俺をあえて標的の元に送ろうとしているのには、必ず理由がある。
「とにかくお主の目的は安堂風香に取り憑く怨霊を吸収すること。それだけでいい。そうすればこの街に潜む脅威は完全に取り払われたと言えるだろう」
それが俺に出来ること。俺にしか出来ないことだった。
どうあれ風香先輩に対して対抗出来る。そのことが理解出来た。それは大きな前進だった。
だけど俺にはもう1つ、懸念があった。
「……富士見は、どうなるんですか?」
「あの不死身の少女か。どうなる、とはなんだ?」
「言葉のままです。あなたはさっき、富士見は
風香先輩の目的は俺だけではない。富士見もその1人だ。そんな彼女も現在行方不明で、きっと今頃音夜も富士見のことを探し回っているだろう。
「それに……富士見に残された不死身の力。あれが残っている意味。それをあなたは知っているんですか?」
富士見に取り憑いていた不死身の幽霊こと富士見祐也。彼はもういない。だというのに富士見には不死身の力が残っている。その意味を誰も理解できずにいた。
それを、占い師である彼女は知っているのではないか?
「意味、か。はは、さて。どうだろうな? 知りたければ、
どういうことだ? なぜそこではぐらかすのだろうか? それに本人とは誰を指している? 富士見祐也はもういないし、富士見のことを指しているのだろうか?
「富士見姫蓮は無事だ。それだけは確実だ。だからお主は安心して休息を取れ」
富士見のことに関しては腑に落ちないが、今はその言葉を信じるしかない。彼女は占い師であり、尚且つ北の神さまだ。本当に、信じるしかない。
「富士見のことはともかくとして……休息って……こんなことしている間にも風香先輩の体に変化があったら……!」
確かにもうあと少しで日付が変わりそうな時間帯になっていた。休めと言われてもなんら不思議ではない。それに風香先輩も、こんな時間に活動しているとは思えない。
「ああ、それも問題ない。彼女の体に大きな変化が訪れるとしたら、それは年越しのタイミングだ」
「年越し……??」
いや、待て待て。今日は何日だ? 12月30日だ。となれば当然明日は12月31日。つまりは大晦日だ。すっかり忘れていたが、あと少しで今年が終わろうとしていたのだ。
「そうだ。初代怨霊から別れた存在。それらの力が完全に悪魔へと切り替わるタイミング。それは初代怨霊よりも少し遅れたタイミングなわけよ。それがちょうど年を越す瞬間というわけだ」
そうだったのか。つまり風香先輩はただ年越しを待っていれば、自然と悪魔へと変化するということか。
「だから今日は休め。どのみち明日にならねば奴を捉えることはできんよ」
「……そう、ですか」
正直なことを言えば、疲れも溜まっていたし眠気も限界まで来ていた。休めるのであれば休みたい。それが正直な思いだった。
「魁斗。俺はまだ……こんなこと嘘だと思っている。お前にも危険なことはしてほしくない。だけど……俺は知っている。お前が……そういう子だってことを」
父さんは体を押さえながらも、必死に俺を見た。
「だからきっと止められない。お前は行くだろう。だったらしっかり休むんだ。そして……必ず……」
きっと父さんは止めたいだろう。でもそれをしない。いや、出来ないんだ。俺という人間のことを、誰よりも知っているからこそ。送り出すしか出来ないんだ。
「風香を、止めるんだ」
風香先輩を止める。それが俺のやるべきことであり、やりたいこと。ただそれだけだ。
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