第335話悪魔編・偽その24

 占い師こと北の神さまは、初代怨霊に本来の席を奪われてしまった。そのせいで現実世界で占い師として残り続けていた。

 しかし初代怨霊はもういない。その席は再び空いた状態である。彼女はあるべき場所へと帰ることが出来るんだ。


「俺……ですか?」


 それでもそれを彼女はしなかった。最後にこの世界について占った結果。それを知った彼女は、その結果を変えようとしたんだ。


「うむ。お主に……お主にしか解決できない問題なのだよ」


 占い師の目つきは真剣なものだ。彼女の言っていることは正しい。そうでなければ俺をわざわざここに呼ぶ必要はないのだから。だけど……。


「なんでですか? なぜ魁斗なのです?」


 当然、否定する人物がいる。


「まあそれについてもちゃんと説明するさ」


 占い師はペロペロキャンディを舐め終わったのか、口寂しくしている。


「まず占いの結果については話さない。話してしまうと確定してしまうからな。ただあまりよくない結果だということは言っておく」


 それは先ほど告げていた、占いは当たるが確実ではない。ということに繋がるのだろうか?


「その問題の中心となる人物。それが安堂風香というわけよ」


「風香……」


 父さんは再び顔を下げる。自分に弟子入りをしてきた人物が、急に襲ってくるなんて……想像もしたくない。


「いや……正確には安堂風香というのも偽名だから、本名ではないのだがな。まあそんなことはどうでもいいか」


 ん? 今占い師は何かとんでもないことをさりげなく告げなかったか?


「ちょ、ちょっと……風香先輩って、偽名だったんですか? なんでそんなことを……」


 わざわざ偽名を使う理由なんてあるのか? 使う理由を考えるとすれば……本名のままだと、すぐに自分のことがバレてしまうからとかか?


「そうだ。まあ気持ちはわかる。あんな苗字は中々聞かないからなぁ。それに、お主らであればその名を聞いてピンとくるはずだし。もちろん、お主も」


 占い師は父さんたちに目を向けた後、最後に俺を見た。


「どういう……」


 理解が追いつかない。そんなに知られてはまずい名前なのだろうか? そう言われてしまうと気になってしまう。


「まあ隠す必要もなかろう。安堂風香。あやつの本当の名は不安堂風香ふあんどうふうか。この名前を聞いて、知らんとは言わせんぞ?」


「は??」


 い、いや。おかしい。絶対におかしい。確実に聞くべきではない名前を聞いた。これは何かの間違いだ。

 不安堂、だと? そんな名前、あの男しか思い浮かばない。あの、エクソシストであり……俺たちを助けたあのイかれた男を。


「いやはや……まさか不安堂と来ましたか。なるほど……それならば名前を偽るのも道理ですな」


 陽司さんは納得している。やはりあの男の存在を知っている人はいるんだ。


「ふ、不安堂って……不安堂総司、のことですか? まさか……風香はその不安堂の娘だとでも言いたいんですか!?」


 父さんも不安堂のことは知っているようだ。それにこの反応からして……あまり良い印象を持っていなさそうだ。


「不安堂……? えっと……すみません。私はあまり聞いたことがない名前です。怪異庁かいいちょうのお偉い方なんですか?」


 礼譲さんはヤツの名前を知らないようだ。


「不安堂総司。あの神魔会に所属する人物で、世界に3人しかいないエクソシストの1人だよ」


 陽司さんが礼譲さんに対して説明をする。

 そうだ。不安堂総司。あの男はかつて、悪魔であるリリスを倒すという程でこの街へとやって来た。結果、俺たちを手助けすることとなったが、もしも敵対したままだったら……確実に負けていただろう。それだけは断言できる。


「し、神魔会ですか……そ、それは厄介ですね……私たちとは相容れないということですか」


 礼譲さんも思わず眉を顰めた。やはり神魔会とはよく思われていないのだろう。


「さて……安堂風香が不安堂総司の娘ということは理解出来ただろう。わしは彼女のことを占い……それから微弱に残る神としての力で情報を得た。本名を知ったどころか……それだけならまだしも、あの女には密かに宿しているとんでもない野望があったというわけよ」


 風香先輩が不安堂の娘だった。それだけでもう十分な情報だというのに、さらなる事実が父さん達に告げられる。


「もう気づいておるだろう。あやつは悪魔になろうとしている。そのために自身に怨霊を取り憑け、悪魔として覚醒しようとしているのだよ」


 そう。風香先輩は悪魔になろうとしている。その目的は、俺と富士見を殺すため。好きな人間を殺すために、人間のルールが適応されない存在へと移り変わるために。


「……わからない。俺には、それが理解出来ない。なぜ……なぜ風香は悪魔になろうとする? それが俺にはこれっぽっちも理解出来ないんだ!!」


 父さんは再び叫び声を上げる。叫びに答えるように、体が反応する。傷が痛むのか、思わず体を抑える。


「風香は……俺を騙していたのか? あの日々はなんだった? どうして俺に弟子入りなんてしたんだ? 俺の家で昼飯を食べていたあの風香は一体何者だったんだ!?」


「父さん……」


 そればかりは、本人に聞いてみないとわからない。悪魔になろうとした理由はわかっても、過程は俺にもわからない。


「そればかりは本人に聞いてみんとわからないな」


 俺の気持ちを代弁するように、占い師は告げた。


「そ、そもそもですが……なぜ怨霊を自身の体に取り憑けることで悪魔に……? それが出来るなら……その、もしも悪魔になろうとしている人間が他にもいたら……」


 礼譲さんの疑問も理解できる。そんな方法が広まってしまえば、風香先輩と同じようなことをする人間が出てきてもおかしくはない。だが……。


「それはないだろう。そもそもあのやり方自体安堂風香にしか出来ないやり方だからな。何を隠そう不安堂家の先祖を辿っていくと、来遊へとたどり着くのだからな。来遊の血筋を持ったあやつにしか出来ないことなのよ」


 占い師の言葉を受けて、父さん達は今日何度目かわからないが再び目を丸くした。いや、今回ばかりは俺もだ。

 血筋に感謝していると言っていた……と音夜から聞いていた。まさか風香先輩に来遊の血が流れていたなんて。


「なるほど……まさか不安堂家が、代々辿っていくと来遊家へと繋がるとは」


 陽司さんは驚きつつも納得したのか、首を頷かせている。


「来遊の血を引く怨霊……つまり音夜斎賀に取り憑いていた怨霊を、取り憑けさせたということか」


 父さんの推理通りだ。風香先輩はそうやって自らの体に怨霊を取り憑けさせた。その結果、悪魔へと変化し始めた。


「そしてここからが重要なことよ。あやつはまだ完全な悪魔になっていない。つまりはまだ怨霊が残った状態ということ。まあ言ってしまえば半々な状態だな」


「待って、ください。あなたが何を言おうとしているのか……理解しました。そんな……そんなことを」


 父さんは占い師の考えを読み取ったのか、彼女の言葉を遮る。


「そうだ。だからこそ、彼に頼もうとしているのだよ」


 占い師は俺を見る。ああ、そうか。ようやく理解した。それなら俺が選ばれる理由もわかるし、父さんが止めたくなる理由もわかる。


「ゴーストドレインで吸収しろ。そういうことですね?」


 そんな、俺に与えられた力の名を告げた。

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